アメリカか死か/15/02 Picking Up the Trail -2

 Deathcrow
 巨体と鋭い鉤爪を持つそのミュータントは、接近して殴るだけという単純な攻撃しか行わないながら、Super Mutant以上に恐れられている。
 その化け物が、目前に迫っていた。


 避けるのは無理だろう。避けきれない。
 止まったら、その鉤爪で切り裂かれるだけだ。
 ならば。
「しっかり掴まってろ!」

 変身。


 衝突の瞬間に、LynnはRitaを抱きかかえて跳躍した。Deathcrowの頭に蹴りを入れる。
 Deathcrowが反撃の爪を振ってきたときには、既に背後に着地し、Ritaを下ろしていた。自由になった手で、Outcast基地での貯蔵品であったJingwei's Shock Swordで、Deathcrowのその太い首を切り裂いた。



「この辺はけっこう危険みたいだね……、バイクは大丈夫かな」
 変身を解いて、LynnはDeathcrowに衝突したバイクを起こした。フロントライトにひびが入り、右側のミラーが破損してしまったが、エンジンをかけると問題なく動いた。随分と丈夫だ。
「大丈夫そうだね。良かった」
 と、Ritaを振り返れば、なぜか彼女は憮然とした表情だった。
 ここで、何か問題があったか、などと訊けば怒られるのはわかりきっているので、Lynnは何も言わずにバイクに乗った。後ろに乗るように促す。

「ここがVault 92かな」
 Capital Wasteland北東部。Deathcrowが闊歩する街並みからしばらく西に行った岩山の陰に、Vaultの入り口である木製のドアはあった。Vault 108に残されていたデータの通りだ。
「中にまでDeathcrowはいないだろうな……」とRitaがホルスターに手をやりながら呟く。
「洞窟が狭いから、Deathcrowは入ってこれないんじゃないかな」


 前回同様、扉は開かれていた。Vault 108よりも扉が開かれてから時間が経っているらしく、中は随分と錆びて朽ち果てている。錆の匂いは心地よいとはいえないが、前回とは違って入り口に死体が転がっていないだけマシである。
 とりあえず中を探索してみようと、ドアを開いて一歩踏み出そうとしたとき、後ろから物凄い勢いでRitaに引っ張られて尻餅をついてしまう。
「何を……」
「地雷だ」
 Ritaは短く言って、地面を指差した。暗い通路に、ぼんやりとオレンジ色の光が点っている。確かに地雷だった。血の気が引く。Ritaが引っ張らなければ、踏んでいた。


「人がいるのかな」
「さぁな」とRitaは手早く地雷を処理する。「Raiderが残していっただけかもしれん。なんにしても、前回みたいなのは勘弁だ」

 念のためにと警戒して進んだが、白骨化した死体以外に人影は無かった。生き物にしても、Bloatfly、変異した蠅がいるくらいのもので、地雷にさえ気をつけていれば安全そうだ。
「制御室のほうは、完全に水没しているな」
 と浸水した通路を見て、Ritaが呟く。


「これは探しようが無いね。まぁ、仕方がない」
 制御室側は諦め、居住区のほうへ進むことにする。

 Vaultらしい、区画に切り分けられた居住区に入る。中は広く、何処へ行っても同じような景色が続くため、迷ってしまいそうだ。
 Lynnがコンピュータ端末を見つけ、情報を得ようとしたとき、ドアを開けて出てくるものがあった。直立歩行する巨大な蟹。Mirelukeであった。どうやら水没しているエリアから入り込んだらしい。


 すぐさまRitaが動いた。ホルスターのBrowningを抜いて、撃つ。
 だが頭を狙ったはずのRitaの弾丸は、Mirelukeの甲羅で弾かれた。
 代わりにLynnがGauss Rifleで、至近距離からMirelukeの頭を射抜いた。


 動かなくなったMirelukeの傍らで、LynnはRitaを振り返る。Ritaの表情は、恐怖で歪んでいた。
 強靭な甲殻を持ち人間を襲うMirelukeは、確かに脅威ではあるのだが、Capital Wastelandでは見慣れた存在だ。なのに彼女が怯え、これだけの近距離で外すとは、未だVault 108での動揺が残っているのかもしれない。Vaultの中が怖いのだ。

 Lynnは何も言えずに、端末へと向かった。彼女が恐怖で怯えるようなら、それはそれで良いと思った。何しろ、Vaultの探索は危険だ。Ritaのことを想うならば、Citadelで待ってもらったほうがずっと安全なのだ。

Challenge: Science≧50 → SUCCEEDED

 端末のセキュリティ解除に成功する。端末に表示されたのは、女性寮セキュリティの文字である。どうやらこの区画は、居住区の中でも女性用の区域らしい。
 使用可能なコマンドは、殆どがVault内部での通信に関係するもので、有用なものは見当たらなかったが、ひとつ用途が解らないコマンドがあった。
(Noise Flush……?)
 居住区には似つかわしくない単語である。
(まぁ、とりあえず実行してみるか)
 と軽い気持ちでキーを叩いた。
 ぐちゃり、という音が響いて、近くのドアが開いた。頭が潰れたMirelukeの巨体が倒れこんできた。


「おまえ、何をやったんだ?」と異変を察知してRitaが問う。
「いや、おれは何も……」
 このNoise Flushというコマンドのせいか。
 考えようとして、しかしLynnは肌で感じ取った。音だ。空気が一定の周期で振動している。

 音はしばらくして止まった。もしかすると、至近距離で浴びると人間も危険だったのかもしれない。Mirelukeだけを倒せたのは幸いだった。どうやらこれもVaultの研究結果のひとつらしい。
 その後はできるだけ慎重に進みながらOverseer室まで来た。しかし他のVault、Vault 106の座標は見つかったものの、G.E.C.K.は見つからなかった。
「ここも外れか………」
 溜め息を吐いて、引き返す。

「そういえば、おまえ、なんか気になることがあるとか言ってなかったか?」
 黙々とMirelukeの死体が転がる通路を歩きながら、居心地の悪い思いでいると、珍しくRitaのほうから話しかけてきた。
 Ritaが言うのは、Outcast基地でLynnが言いかけたことだろう。「Operation: Anchorageのシミュレーターで、おれと同じようなのを見たんだ」とLynnは説明してやった。


「おまえと同じようなのって……、変身するやつか?」
「いや、見た目だけ。普通に、スーツみたいの着てた」
「中国軍のStealth Suitか。武器庫にもあったな」
「Dragoonって呼ばれてたらしい」


 あのStealth Suitを着た中国軍の兵士たちは、どうやら軍の中でも指折りの精兵として扱われていたようだ。
 なぜ、Lynnの変身能力がそのスーツと関係があるのか。
「おれは……、その、中国軍の生き残りのようなものなのか?」
「知らん」
 Lynnの問いかけに対するRitaの返答は、にべない一言だった。

 いいか、とVaultの出口の光明を背景に、Ritaは振り返る。
「おまえの国なんかどっちだっていい。だがな」いいか、覚えておけよ、と彼女は下から見上げるようにして、しかし口調は見下すそれで言った。「あの糞Enclaveみたいに、アメリカだとか、中国だとか、そういうことを言いたいんだったら、もうついてくるな」
 Lynnは軽く両手を挙げて、降参の姿勢を見せた。

 それから、ふたりでVaultの外の明るい空間へと戻って行った。


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