小説ラストクロニクル/『東京ローズ』/時代2/Turn4 《突撃屋オーク》


3-080U《突撃屋オーク》
「奴ら、なんだってあんな命知らずな突撃ができるんだ?」
「恵まれた容姿の奴らが憎いのと、自分たちの容姿が嫌いなのと、あとは生まれ変わりを信じているからだろうね。」

 《百の剣士長 ドゥース》は女好きで通っている。
 ああ、その通りだ。若い頃は諸外国を放浪しながら女を引っ掛けたものだ。ああ、花嫁強奪や人妻に手を出したこともある。ああ、だから女は好きなのだ。

 だが女だらけともなると話は別だ。

 《百の剣士長 ドゥース》は新部隊である討魔軍アリオン、邪光に対する耐性が強いということで女性中心に集められた部隊の教官役を任されたことで、その事実を改めて再確認した。ああ、女だらけというのは面倒だ。

 何人もの女を愛せば嫉妬の炎が吹き荒れて、などと色男を気取るわけではない。
 ドゥースは己の顎鬚を撫でた。もとより男前を気取れるようないい男というわけではない。もっと単純な話だ。

 まず、喧しい。
 ひとりだけでは静かな女でも、ふたり、三人と集まるにつれて、なぜか全員がおしゃべりになるのだから不思議だ。
 しかも女だらけともなると、そこにあるのは女の規範であり、女の規律であり、女の世界だ
 言うまでもなく、女は群れる。同属で群れる。そして他種を排除しようとする。他種というのは、わかりやすいところだと男性で、つまりは教官役だった《百の剣士長 ドゥース》だった。
 もちろん新兵虐めじみた行為が行われるのではないが、なんとなく疎外感があるというか、一体感から弾かれるというか、兎に角、居辛いのだ。辛かった。

 女というのは口だけが独立した生き物のようだ、などと考えてから、確かにそれは夜になればわかるよな、という発想が飛び出し、《百の剣士長 ドゥース》は自分の思い付きにおかしくなって噴き出した。
「なに、にやにやしてるんですか」

 気持ち悪い、と少女らしさを残した声で厳しい言葉を投げかけてくるのは浅黄色の瞳に幼さを残す女で、となれば下手に自身の下品な思いつきを披露することはできない。
 いや、相手が女で、思いつきが下品だからこそ言う必要があるな、とも思うのだが、ドゥースは目の前の少女が言動通りに厳しい人間であると知っていた。本気で嫌われるかもしれない。
 平時ならそれでも構わないのだが、いま《百の剣士長 ドゥース》たちが居るのは敵地バストリアの領域で、自国でもないのに仲違いするというのは危険である。

 そう、ここはアリオンの教練のために籠っていた霊山ではないし、グランドール本国でもない。バストリアの街、ケルゲンである。国境沿いとはいえ、城壁と砦を備えた都市であれば、敵の腹の中のようなものだ。

レイラニ、そういう言い方は……、ちょっと無いんじゃないかな」
 と女を窘めたのは、こちらはこちらで柔らかそうな金髪を遊ばせた美女であれば、両手に花という状態である。注目を浴びるのは間違いなく、現に夕暮れ時のケルゲンの街並みを行き交う人々からの視線を受けているのを感じる。
 ドゥースら3人は、イースラからの商人として、身分を偽ってケルゲンに入国していた。身分証が実際にイースラに作ってもらったものであれば、偽装発覚などという事態は気にしなくて良いのだが、それにしても目立つことは避けたい。

(変装させたのは間違いだったかもしれんなぁ………)
 女装させたほうが自然なのだから、世の中わからないものだ。《百の剣士長 ドゥース》はしみじみしながら金髪美女にしか見えない《聖王子 アルシフォン》を改めて爪先から頭まで眺めた。

 《東京ローズ》確保は兵を動員して行うようなことではなく、敵地での潜入任務である。であれば、単独で潜入しようと思っていた。
 が、《聖女教皇 ファムナス》から命を受けた直後に、《聖王子 アルシフォン》から同行したいという旨の申し出があったのだ。

 もちろんのこと、死を覚悟の潜入任務であれば、一国の王子が立ち入る隙などない。
 そう告げてみれば、アルシフォンは肩を竦めたものだ。
「なに、どうせ本国に居てもすることが無いさ。安全を鑑みれば、外国のほうがマシかもしれないし」
 その言葉が意味するのは、グランドールを治める聖王家の失落である。

 グランドール聖王家の信頼は地に堕ちていた。
 いうまでもなく、《東京ローズ》によるプロパガンダ放送のためだ。
 もちろん彼女の伝える聖王家の醜聞は、メイドの目の前でおもらししてしまった、だとかそんな可愛らしいものではない。もっと薄汚く、ヘドロのように厭な臭いがするもので、《聖王子 アルシフォン》が関わってこなかった問題だ。
 だがそれは聖王家の問題であり、それが明るみになれば《聖王子 アルシフォン》は無関係な立場ではいられない。

 グランドールはさらに、新たなる文化であるロジカを弾圧した。ロジカの中には酷い拷問にかけられたものもいたし、濡れ衣を被せられたものもいた。
 聖王家に対する不信感は募り、正直なところ、現在のグランドールという国は、共通の敵がいるからぎりぎりのところで存在していられるような状況だ。戦が終われば、国民の矛先は外から内へと向けられるだろう。
 この任が失敗すれば、グランドールという国は瓦解するかもしれない。でなければ王政が撤廃され、教皇が国政を握ることになるのだろうか。
 聖王家はもちろん、《聖女教皇 ファムナス》はそれを快く思わなかった。だから彼女は《東京ローズ》の捕縛を望んだのだろう。事態を鎮静化させるには、《東京ローズ》の暗殺では不十分なのだ。彼女を捕えて、述べてきた事実が間違いであると言わせなくてはならない。
 失敗のできない任務、というほどではない。
 だが、失敗すれば、王家は消えるだろう。
 だから《聖王子 アルシフォン》は多少の危険を想定してでも、協力すると申し出たのであった。

「以前にグランドールに来ていた隊商の子どもに聞いたことがあるんだ。アトランティカでいま流行っている唄に、こういうフレーズがあるらしい。
 『剣を使うなら皇護の刃、槍を使うならゼフィロンのいかづち、人を使うなら剣士長』
ってね。ドゥース、人を使うことに関しては、アトランティカでもあなた以上に秀でた人はいないし、あなたと共にいる以上の安心は無いよ。望むなら、ぼくはあなたの言うとおりにする。だから、ぼくも連れて行ってくれ」
 そうせがまれて、せがまれて、結局《百の剣士長 ドゥース》は《聖王子 アルシフォン》の同行を許可した。

 もうひとりの同行者であるレイラニという少女は、アルシフォン付きの《聖護の花》らしい。立ち振る舞いは護衛のそれで、《聖王子 アルシフォン》が行くなら、と無理矢理についてきたというわけだ。
 商人に変装するのはあらかじめ決まっていたことだが、《聖王子 アルシフォン》は目立つ。名前が売れているという点ではドゥースも似たようなものだが、《百の剣士長 ドゥース》は名ばかり大きくて容姿までは伝わっていない。対して、一国の王子であるアルシフォンの場合、似姿が他国に流出していてもおかしくはない。
 そういうわけでアルシフォンを変装させる、いっそのこと女装させることに決定したわけだが。

「やれやれ………」
 宿を兼ねた酒場のテーブルで、《百の剣士長 ドゥース》は溜め息を吐いた。《聖王子 アルシフォン》と《聖護の花》のレイラニは、気にせず卓について食事を摂り続けている。
「そんなに気にすることはないんじゃないかな、ドゥース」と《聖王子 アルシフォン》は商人とも場末の宿とも相応しくない整ったマナーでナイフとフォークを扱いながら、軽い調子で言う。「最近のバストリアについて、話が聞けたんだから。酒場は情報収集の基本だろう?」

 この宿にやってきたのが1時間前。夕餉の時刻だったので1階の酒場で食事を始めたのが30分ほど前。そしてドゥースが厠のために席を立ったのが5分ほど前だ。
 ドゥースが席を外した隙に、卓に残った女性に見える2人は酒場を訪れた男に絡まれていた。
 だが《聖王子 アルシフォン》に言わせれば、絡まれていたのではなく、地元民から情報を聞き出していたのだという。

「アリー」と《百の剣士長 ドゥース》はアルシフォンを偽名で呼んでやった。「気を許し過ぎだ」
ぼくの場合はそう問題ないのでは? レイラニを危険な目に遭わせたのは申し訳ないと思うけど」
「わたしは特段問題ありません。お気になさらず」

 このふたりは、先ほど男たちと話しているときもこの調子だったのだろうか。変装、潜入しているという自覚はあるのだろうか。
 ペーパーバックで身に付けた知識は勘弁してほしい。ここはバストリア領だ。国内の情報集めようとしている外国人がいれば怪しまれてしまう。明日からは宿を変えたほうが良さそうだ。
 そんなふうに思っていると、《聖王子 アルシフォン》がめげずに得た情報を話していた。大した話はなかった。グランドールにいても知れる話ばかりだ。

 だが。
「あ、そうそう。《狂魔技官 ギジェイ》がこの街に来ているらしい」
 その名を聞いた刹那、ドゥースは己の手が剣の柄頭にかかるのを抑えられなかった。



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