小説ラストクロニクル/『東京ローズ』/時代2/Turn5《クロノフォースメイデン》


5-075R《クロノフォースメイデン》
「おお、またひとつ、殺戮のための美しき芸術品が生まれてしまった……!」
~狂魔技官 ギジェイ~

Turn 5

「これから情報収集ですか」
 音も光も寝静まったはずの時刻、宿の二階の部屋から出てきた《百の剣士長 ドゥース》は、静かな声に呼び止められた。

 仄かな月明かりに声の方向を確かめれば、立っていたのは《聖護の花》だ。
 何の変哲も無い町娘の寝間着姿の今は兎も角、レイラニの日頃の恰好は《聖護の花》らしい騎士のそれだ。
 だが彼女の本来の職務が聖王家を護る盾であり、矛であるということを《百の剣士長 ドゥース》は知っていた。護衛であり、暗殺者だ。まさしくそれを理解させる佇まいであった。

「まぁ、そんなところだな」
 レイラニと同室の《聖王子 アルシフォン》を起こさぬよう、声を潜めて応答してやった。
「食事のときは、下手に情報収集しようとするな、というようなことを言っておられましたが」
「おれひとりなら、ちったぁマシだ」
「そんなことを言って、ひとりで色町に繰り出すつもりというわけではありませんよね?」
「駄目かな?」
 《百の剣士長 ドゥース》は大袈裟なくらいに肩を竦めてみせたが、《聖護の花》は笑ったりはしなかった。むしろ目つきが鋭くなるぶんだけ、射抜くようになった。

「《聖女教皇 ファムナス》さまがあなたをこの任に選んだのは、あなたが騎士の中でも清濁併せ持つ器量を備えているからです。あなたが情報収集として色町なり何処へでも出かけるのが必要と考えるのであれば、止めはしません。
 ですが、あなたが無謀にも城へ向かうつもりならば、こちらに迷惑がかかるので止めるつもりです」
「なんで城なんか」
「食事のときに《狂魔技官 ギジェイ》の名前を聞いたとき、あなたの表情が明らかに違いました。何か因縁があるのでは?」
「この大陸に生きていて、あいつに因縁が無いやつはいねぇ」

 レイラニは気圧されたように一歩下がった。足が部屋の戸に触れて、軋む音を立てる。部屋の奥から、《聖王子 アルシフォン》が寝枕に反応する声が聞こえた。
 それに反応するレイラニの身体に、ドゥースは一歩で近づいた。聖王家の道具として鍛えられた身体とはいえ、女の身体だ。男の騎士と比べれば遥かに華奢で小さい。
 ドゥースはその肩に手を置いた。
「今日はギジェイがこの街に来た理由について情報を集める。明日には城に向かうことになるかもしれん。アリーにはちゃんと準備をしておくように言っておいてくれ」

 それだけ告げて、《百の剣士長 ドゥース》は宿を出ていく。レイラニは呆然と見送るのみで、ついては来なかった。
 ドゥースは宿を出て東へと向かった。東は繁華街で、色町ももちろんある。が、すぐに北に折れる。北はこのケルゲンを治める領主の城がある。そこに《狂魔技官 ギジェイ》がいる。殺したはずの、あの男が。
 ならば明日まで待つなどというのは嘘だった。情報収集して一日を無為に過ごすわけにはいかなかった。足手纏いを抱えたくなかった。
 疾く。ただ疾く。一刻も早く、もう一度あの男を殺すため、《百の剣士長 ドゥース》は城へと走った。



 シャルルフィアンは思わず天井を見上げたが、そこには何も見えなかった。
 当たり前で、シャルルフィアンは生まれたときから目が見えないからだ。何処を見ようとも、その情景が視界に映ることはない。

 それでも上を向いたのは、異変を感じたからだった。
 盲目のシャルルフィアンでも、音や空気の流れによって、ある程度外部の情報を得ることができる。耳が左右についているからだろう、何か気になる物事があるときは、その気になる方向に視線を向ける。それで詳細を感じ取れるのだ。
 感じ取ったのは、足音だ。複数の。慌ただしい、怒声のような声も。

 シャルルフィアンは寝台に腰かけたままで、膝の上で手をもじもじと絡ませた。この深夜のケルゲンの城で、何かが起きているのは間違いない。複数の足音が意味するのは、兵隊の動きだ。戦争だろうか。あるいは侵入者か。盗賊か。
 こんなとき、元居た村ならば、誰か近くの者に聞けば良かった。周りの者は、皆優しかった。小さな部族ながら、シャルルフィアンは姫として扱われていた。盲目による不自由は無いではなかったが、歌を歌う余裕があった。
 だが黒の覇王がバストリアを纏め上げるようになってから、小部族の姫であったシャルルフィアンは覇王への貢ぎ物として捧げられることになった
 魔力の篭められた歌を歌う以外に取り柄の無いシャルルフィアンは、己の人生を諦めていた。自分が犠牲になって部族の地位が上がるのなら、それでも構わないと覚悟はしていた。

 それでも、辛いものは辛い。
「ここでは誰も、シャルと呼んではくれない」

 誰も彼もが、腫れ物を扱うかのようにシャルに接した。辛かった。苦しかった。貢ぎ物として黒の覇王のもとに連れてこられたにも関わらず、彼はシャルを恐れ、小さな部屋に閉じ込めた。
 半年前、《東京ローズ》なる召喚英雄を定着させる実験が行われるまでは。

 シャルはそっと己が胸に手を当てた。半年前、《狂魔技官 ギジェイ》によって行われた実験以後、シャルの心は何処かおかしくなってしまった。
 《狂魔技官 ギジェイ》によれば、《クロノグリフの暴走》によって概念のみが召喚されてきた《東京ローズ》の魂を、魂の共鳴をしていたシャルの身体に定着させたというのだ。

 実験は成功し、シャルの身体には本来のシャルの魂と《東京ローズ》の魂、ふたつの魂を併せ持つようになった。
 シャルは《東京ローズ》になった。
 吐き出す言葉はグランドールの人々に入り込み、砕き、扇動する、そんな悪魔になったのだ。



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