「Nines? Nines Rodriguez?」
 細かく刈られた黒髪に筋骨隆々とした肉体をスカジャンで覆う男は、間違いなくNines Rodriguezで、しかし振り向いた彼は驚いたような、いや、どこか居心地の悪そうな、ばつの悪い表情になった。
「Azalea、おまえ……、なんでここに?」

 場所はHollywood郊外、Dr. Groutの邸宅の門を越えた庭内。
 Prince LaCroixの命を受け、血族の一種であるMalkavianの長、Dr. Groutに会いに来たのだが、Azaleaはそこまでは言わなかった。しかしNinesなら、AzaleaがLaCroixの命を受けて来たことくらいは想像がついているだろう。


 それよりも、Ninesだ。Anarchという組織で重要なポジションであるNinesが、Malkavianの長に会いに来るというのは、それほどおかしいことではないような気がするのだが、先ほどの彼の表情は、たとえば単に友だちに会いに来ただとか、そういうことではないということを物語っていた。

「Ninesも、なんで?」
「いや………」
「いやって、なに? なんでで、いや、も、うん、もないでしょ?」
 重なるAzaleaの問いかけに、Ninesは己の顎を撫でた。
 考えるような間があったのは一瞬で、すぐにNinesはAzaleaに向き直って言った。「おまえ、帰れ」
「へ?」
「中には入らないほうがいい。すまんが、おれの言うとおりにしてくれ。じゃあな」
 受け答えする暇も無く、Ninesは塀を飛び越えて去って行ってしまった。


 ぞんざいな言い方だったとはいえ、Ninesが「すまん」と謝罪の言葉を口にしたのが意外だった。苦み走った表情といい、何か理由があるに違いなかったが、LaCroixの命を受けているAzaleaとしては、このままおめおめと帰るわけにはいかないのだ。「Ninesから帰れと言われました」だなんて言い訳しようものなら、消し炭にされてしまう。
 古めかしい洋館にはインターホンなどといった近代的な器具は備え付けられていなかったため、Azaleaは玄関の戸を叩いた。「すみません」もう一回。
 叩いているうちに、扉に鍵がかけられていないことに気付いた。扉は簡単に開いてしまった。Azaleaは一瞬逡巡してから、玄関ホールに足を踏み入れた。

「埃っぽいなぁ………」
 と邸内に対する批評の言葉を口に出してから、玄関ホールに人がいることに気付いた。こちらに背を向けている、若い女だ。


 ばつの悪い気持ちを堪えながら、Azaleaは女に近づいた。
「あの、ちょっとすみません。LaCroixの使いで来た者なんですが………」
 
 振り向いた女の顔には拷問で使うようなマスクが被せられ、手には刃渡りの長いナイフが握られていた。
 振りかぶられたナイフが振り下ろされる前に、Azaleaは己の血力を眼球に集中した。

 《Trance》。

 血力にあてられた仮面の女は、血を吸われたあとのように力を失い、呆然と立ち尽くした。
 ほっと安堵の息を吐いてから、Azaleaはすぐに玄関の扉を開けようとした。状況は明らかに異常だ。まさか気の早過ぎるハロウィンパーティーなわけがあるまい。Ninesが言っていたのは、このことだったのだろう。まだDr. Groutには会えてはいないが、ここまで酷い状況なら言い訳も許されるだろう。
 頭の中で言い訳の論理を構築しながら手にかけた玄関の扉は、しかし開かなかった。鍵がかかっている。なぜだ。いつの間に。

 考える暇も無く、背中に衝撃があった。振り向かなくても背中にナイフが突き立っていることがわかった。


 内臓から血液が逆流し、Azaleaは咳き込むとともに血を吐いた。背後からの攻撃者を突き飛ばす。倒れたのは、女だ。先ほどの、仮面を被っていた女。手には鮮血が付着したナイフを握っている。刺されたナイフを抜かれたせいで、Azaleaの青白い皮膚からは鮮血が噴き出した。

(復帰が早すぎる………!)
 Prince LaCroixのもとで働くようになってから、Azaleaは己の血力――Disciplineについて、ある程度理解ができるようになっていた。《Trance》は人間なら普通は抵抗ができないはずだが、血族にまでは作用しない。だが目の前の女からは吸血鬼ほどの威圧感は感じない。

(もしかして、Ghoulとか………)
 考えている暇は無かった。Azaleaはもう一度《Trance》を作用させるとともに、今度は玄関の扉とは反対側の屋敷の中心へ向かうドアへと飛び込んだ。

 玄関はあの女に居座られてしまったうえ、鍵がかかってしまっている。玄関は見た目は木製の簡素な扉であったが、遠隔から鍵が操作できるとなると、機械的な機構が中に組み込まれているに違いない。Azaleaの血液操作術、Thaumaturgyは人体破壊は得意だが、物理的にドアを破壊するとなると困難だし、ハンドガンではおそらく銃弾が足りない。だから別の出入り口を探そう、という、そんな考えからの行動だった。
 中は先ほどの女と同じような異常者だらけだった、という事態でなければ、たぶんAzaleaの決断は正解だったのではないかと思う。

《Brainwipe》
 Azaleaはもう一度、血力を解放した。


■《Brainwipe》
 能動型のDiscipline。
 【Dominate】のLv.2。対象は周囲。
 周囲の人間に関知されなくなる。

 入り口に居た女と同様に血力に抵抗力があるなら、《Brainwipe》による拘束も数分とはもたないだろう。Azaleaは兎に角逃げた。Groutの屋敷の中は、まるで迷路だった。

 入って右手側にあった図書室で燭台を使ったスイッチを動かし、次に左手側から同じように燭台のスイッチで階段を下ろして2階へ。そのまま進み、渡り廊下を伝って別図書室のあった棟へと戻る。


 暖炉の部屋まで行くと行き止まりに見えたが、暖炉の上にあったスイッチを押すことで先に進めた。図書館の二階へ出たあと、再度燭台のスイッチを動かすと、本棚が動いて道が現れた。まるでパズルのようだ。

「なにこれ………」
 さらに進んだ先で漏れ出た言葉は、Azaleaの正直な感想そのものだった。


 天井や壁から突き出た金属棒を介し、電流が流されていた。眩しいほどエネルギーなので、たぶん、こんなのに触れたら血族になったAzaleaでさえ無事では済まない。実際、電流に触れたのであろう仮面を被った異常者の死体が床には転がっていた。

 壁際のスイッチを操作すると、電流の出力がある程度変えられることがわかった。電流を止めて、先へと進むと、病院のような場所に出た。否、実験室だろうか。


 手術室らしき場所の施錠されていたドアをこじ開けると、血液パックを見つけることができた。何度も血力を使い、怪我もしたため、血が足りていなかったたから幸運だった。飲んでみてわかったが、かなり上等な血液だ。

CHALLENGE: Lockpicking≧5 → SUCCEEDED
GAINED: Elder Vitae x2



 冷たい床に尻を押し付けながら、中に入らないほうがいい、というNinesの助言を聞いていれば良かった、と今さらながらに思った。




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