小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代4/Turn11《憤土の還元》


11-049U《憤土の還元》
「あらゆるものは、いずれ地に還る。」
~樹人の格言~



 スウォードの剣はアルマイルが担ぐには少し大きかったが、振り回すぶんには問題がなさそうだった。少しくらい取り回しが悪くてもそのうち慣れるさ、とアルマイルは彼の剣を持っていくことに決めた。彼の魂石と剣があれば、本当に彼がそばにいてくれているような気がしたから。
〈ヤンガーズ・ベンド〉の宿から《神樹の宮 オルネア》までの道程には、特段の障害はなかった。馬の背に揺られ、巨大な神樹やこの付近にしか生息していない希少生物の姿を眺めながら、アルマイルは久しぶりに平穏な心地で進んだ。

 オルネアが見えてきたころに、異変を感じた。焼ける匂い。逃げ惑う人々。悲鳴。怒号。オルネアの宮から黒煙が立ち昇っていた。
 オルネアは修行場である宮を囲うように、小さな村がある。こじんまりとしていながら活気があるその村には、屍がうず高く積まれていた。死者の中には、オルネアの管理人の姿もあった。
「よう、オルバランの姫さん、こんなところにおひとりでどうしたんだ?」
 野太い男の声が耳を打った。声の先にいたのは、癖のある髭と髪の体格の良い男。《ベル・スタァ》が殺したはずの、〈ワイルド・ビル〉。《ジェームズ・バトラー・ヒコック》が宮前の石階段に座り込み、散弾銃を肩に携えていた。
(生きていたか)
 こういうこともあるかもしれない、とアルマイルは想定していたが、実際に肉片と化したはずの男が目の前に立っているとなると、奇妙な感覚に襲われた。
「ディアーネはどうした?」
 と、まずアルマイルは問いかけたが、ビルの反応は薄かった。「なんだ、だれだ? ディアーネ?」
「若い女の樹人だ。銀髪で、オルネアの管理人をしている」
「ああ、あのねぇちゃんか。生きてるよ。おれの仲間……というか別動隊にメレドゥスに連れてかれたがな。自分が黒覇帝と交渉するからオルネアの者には手を出すな、だとさ」
「約束を違えたのか?」
「守る謂れはない……が、破っちゃあいない。攻撃しかけたのはあのねぇちゃんと交渉するまえだからな。交渉したあとは、何もしちゃいねぇよ。いや、攻撃してくるやつには反撃したか。それだけだ。おれの仲間――ってわけでもねぇが、同行者はあのねぇちゃんを黒覇帝のもとへと連れて行った。ここに残っているのはおれだけだ」
「そうか」

 ディアーネが存命していることに安堵の息を吐くと同時に、アルマイルは心の中でスウォードに謝った。
(ごめん、スウォード………)
 スウォードはディアーネの高い精霊力とオルバランへの襲撃から、こんな事態になるであろうことは予想していたのであろう。彼の警告があったにも拘わらず、アルマイルはディアーネを助けられなかった。間に合わなかった――いや、まだ間に合っていないわけではない。ディアーネが黒覇帝のもとへと連れていかれたのであれば、まだ取り戻す機会はある。
「で、姫さんよ、わかっているかい?」と〈ワイルド・ビル〉が立ち上がる。「おれが――おれだけがここに残った理由を」
「わたしを殺すためだろう」
「そうだ。あんたはオルネアの人間じゃないんでな……あのねぇちゃんに気兼ねする理由はないってわけだ」

 じゃあな、と〈ワイルド・ビル〉が言い切る前に、アルマイルは左足で踏み込んだ。両の手でスウォードの大剣を抜き、薙ぐ。その大振りな一撃は後方に飛び退ったビルには簡単に避けられた。彼はもはや、攻撃をそのまま喰らったりはしない。喰らうべき攻撃と、喰らってはいけない攻撃を見極めている。再生するのに時間がかかる身体を分断する攻撃や威力のある一撃――そして、駅馬車停留所で見せた魂石化を警戒している。
 だが彼がいかに警戒しようとも、彼が召喚英雄であろうとも、どんな化け物であろうとも、接近戦ともなればアルマイルが鍛えてきた間合いだった。
 アルマイルは勢いそのままにスウォードの大剣を捨て、左手で男の襟首を、右手で袖口を掴んだ。手首の力で男の動きを固定し、そのまま背を向けて腰の跳ね上げでビルの身体を浮かせる。背負った姿勢からビルの身体を投げ飛ばした。
 仰向けに地面に落ちたビルに向けて、アルマイルは構えた。黄金の(ベル)。〈ヤンガーズ・ベンド〉の酒場(サルーン)の入口についていた来客を知らせるための鐘を。



 犯罪者たちの宿〈ヤンガーズ・ベンド〉。爆薬で破壊された壁に布だけを当てて、ひとまずは雨風を凌げるようになっただけの状態のサルーンのカウンターに突っ伏し、《ベル・スタァ》は大きな溜め息を吐いた。荒れ果てたサルーンの中を掃除していたレリーが心配そうに見つめてくる。

「王宮に戻ったら返すって言っても、途中で死なれたらパァなんだよなぁ……くそっ(ファック)
 と罵詈を吐こうとも、レリーは何を言っているのかよくわからないとでもいうふうに可愛らしく小首を傾げるだけだった。メレドゥスの司都官を殺して逃げてきたという彼は匿われ、従業員として働いていたわけだが、彼さえもアルマイルとベルのやり取りは理解できなかったということだろう。

 頭を上げて、サルーンの入口に視線を向ける。以前までそのドアについていた鐘は、アルマイルに徴用されてしまった。いや、そのまえにベル自身の手で取り外されていたのだが。
 失敗はどれだっただろう。
 アルマイルの魂石化に黄金が必要だと聞いたとき、黄金銃を渡すだけではなく、金を日用品の形に加工したのは盗人を警戒してとのことだと話したことか。
 アルマイルの魂石化が失敗したときに備え、彼女が着替えている間に第二の弾丸としてサルーン入口の鐘を取り外したことか。
 そもそもアルマイルを交渉道具に使わず、彼女とともにレリーを助けに行ったことか。

 屈辱なのは、それらを見切られて、あのような脅しをかけられたことだ。腕の骨は結局は折れておらず、捻挫程度だったので、くそ、無理してでも戦えば良かった。あの急に居丈高になった小娘に、荒野の現実というものを教えてやれば良かった。
 そんなふうにしばらく過去のことをあれやこれや悔いていたベルだったが、どんなにか掻き回そうとも、零したミルクは盆の上には返らないという言を思い出す。
「あんた、払った鐘のぶんは働いてよね」
 アルマイルが恨みがましく言うと、レリーはなぜか満面の笑みで頷いた。くそ、腹立だしいな。


 アルマイルは――《目覚めし黄金覇者 アルマイル》は、駅馬車停留所で肉塊と化した〈ワイルド・ビル〉を目の当たりにしたとき、彼がまだ再生してくるのかどうかはわからなかったが、彼のような襲撃者が今後も迫ってくるかもしれないとは予想していた。もしかすると、次の襲撃者も〈ワイルド・ビル〉のような不死能力を持つ相手かもしれなかった。スウォードを失ったいま、アルマイルには独力で敵の攻撃を切り抜ける力が必要だった。

 黄金の力が必要だった。
 
〈ワイルド・ビル〉との戦いに赴く際に入口の鐘が鳴らなかったことで、〈ヤンガーズ・ベンド〉の入口の鐘が黄金銃と同じく純金製であり、ベルの隠し財産であるということと彼女がそれを魂石化の予備の弾丸として準備していたということに気付いた。アルマイルにはそれが必要で、しかし彼女が快くそれを貸し出してくれるかというと疑問だった。
 黄金銃を貸してくれた〈ワイルド・ビル〉との戦いは、彼女の従業員であると同時に仕事の依頼人でもあるレリーが捕らわれていた。彼女が協力してくれたのは、理由があったからだ。ベルは用心深く、利に聡い女だ。担保もなしに黄金を借りられるとは思えない。だから、口約束だけを担保にして奪った。

(あの子を助けようとしなければ良かったのに)
 アルマイルは思う。《ベル・スタァ》は言った。レリーという銀髪の少女の恰好をした吸血鬼は、依頼人なのだと。だから助けるのだと。それだけなのだと。
 だが他に頼るものがない幼子がひとり殺されたところで、どこにも噂など出回るはずがない。彼女の犯罪者幇助の評判に響くわけがない。依頼金だって、あの口ぶりなら前金で受け取っているはずだ。
 それなのに彼女は必死であの子を助けようとした。

 ベルは金だ。
〈ヤンガーズ・ベンド〉にあったのと同じ、嘘偽りを塗りたくって目立たなくした金だ。アルマイルは知った。真の黄金はその輝きを誇示したりはしないものだ。さながら星のように、ただ闇夜においてのみ、その本質を以て旅人の(しるべ)となるのだ。
 魂石化の光は星の光に比べれば小さく、儚く、何も照らせないような気がした。アルマイルは落ちた黒陽の魂石を拾い、懐に入れた。スウォードの剣を背負い直し、オルネアの宮に向けて歩き出した。
(終)

0 件のコメント:

Powered by Blogger.