小説メギド72/『パワー9』-1

小説メギド72

パワー9



  • 登場人物
    • マルファス  元は建造物のように巨大な石造りの巨人の姿をしていた追放メギド。
    • シャックス  元はひよこを5回りほど大きくしたような姿の追放メギド。
    • ウェパル   元は巨大な人魚のような姿をした追放メギド。
    • ブネ      元は巨大な龍の姿をしていた追放メギド 。
    • サブナック  元は巨大な城塞のような姿をしていた追放メギド。
    • 〈ソロモン〉 ソロモン王の資格を持つヴィータ。


1


 見渡す限りの草原が続いていた。

 地を這いつくばっているとわからなくても、高い視点で見下ろせば見晴らしの良い風景が広がっている。近くの山を熱せられた空気が駆け上ったことによる斜面滑流は、地上の草原と上空では逆に吹いているらしかった。心地良い風がマルファスの黒髪を揺らした。
「どうだー!? マルファス!?」
 とほとんど顔の判別できないほどの下方から青年の声が響く。マルファスは頷いてみせてから、周囲を見回す。広がる草原の先に構造物が見えた。遠目には台形に見える白いものは、街を取り囲む塀だろう。外敵から身を守るための壁を拵えることができる程度の経済力と労働力がある街が近くにある。
 方位磁針を手に、街の正確な方位を記憶してから、マルファスはゆっくりと地上に舞い降りた。
「街が見えた。ほぼ北東だね。46度。距離は2時間程度だと思う」
 マルファスが方位磁針を返すと、全身に黒い刺青を入れた褐色の肌を隠そうともしない、その刺青の厳つさには似つかわしくないあどけなさを見せる青年はにっと笑った。
「ありがとう。マルファスがついてくれることになって助かったよ」

 年相応の(といってもマルファスもほぼ同い年だが)無邪気な笑顔に、〈ソロモン王〉という肩書きは似合わない。彼は現在の臨界ヴァイガルドで(少なくともマルファスたちが知っている範囲では)唯一、〈悪魔(メギド)〉を従わせる〈ソロモンの指環〉とその適性、そしてフォトンを見る目を持つ人間(ヴィータ)だ。
 彼の目と指環の力があれば、メギドとしての身体を失ったマルファスら追放メギドであっても、大気中のエネルギー、フォトンを使って力を取り戻すことができる。フォトンを操作できる彼の力がなくては、魔界メギドラルから追放され、ヴィータの器に魂を封じられたマルファスたちは、ヴィータよりは少し心身ともに優れている程度の存在に過ぎないのだ。

 メギドの力は、単純にその形態を取り戻して力を奮うだけではなく、限定的に使用することができる。先ほどマルファスが見せた空中浮遊がそれだ。
 他のメギドでも空を飛んだり、あるいは巨体を活かして見下ろしたりすることはできるが、もし他の旅人が近くにいたら目立ってしまう。僅かなフォトンで変身することなく空を飛べるマルファスなら、遠目には何も起きていないように行動できた。
 マルファスはつい先ほど、彼のソロモンの指環の契約に従い、召喚されたばかりだった。既に一度召喚の契約を結んでいるマルファスは、彼の呼びかけにしたがって馳せ参じることができる。
 ソロモンは基本的に初期から行動を共にしている6人の追放メギドでおおよその幻獣を対処することが多いが、今回の幻獣――宵界メギドラルから送り込まれた化け物――は空を飛ぶ鳥のような幻獣で、メギド体にならずとも対処できる人員が必要だった。そのためにマルファスは召喚された。

 いつもならそのまま召喚され返されるのが常だったが、今回はたまたま時間を持て余していた。学生が本業のマルファスだが、現在は夏季休業中である。飲食店でのアルバイトもしているが、店長が食材の仕入れに出ているためこちらも休みとなっている。学業も仕事もないとなれば、本を読むくらいしかやることがない。そんな最中での召喚だった。
「どうしてもって言うなら、力を貸してもいい」
 というわけで、次の街までの間はソロモンに同行することになったのだ。

「次の街が目的地なのか?」
 と出発の準備を整えつつあるソロモンに問いかける。
「いや、そういうわけじゃない。いまは幻獣やメギドラルの攻撃の兆候がないかどうかを探しているところで、街や村を渡り歩いて情報収拾をしているんだ」
「それと、食料や燃料の補充と資金調達」と割り込んだのは亜麻色の髪の少女然とした追放メギド、ウェパルだった。「今度はちゃんと塩を多めに買わないと……そんなに荷物になるものじゃないんだし、ちゃんと摂らないとヴィータの身体には影響が出るんだから」
「わかってるって」と不機嫌そうなウェパルに、ソロモンは苦笑いした。「だから今回はウェパルとマルコシアスに買い出しは頼むよ。よろしく」
「それって、文句ばっかり言ってたから、今度は文句言わせないようにっていう采配?」
「そういうわけじゃないけど………」

 ウェパルという女は基本的に愛想が悪く、ずけずけ物を言う。一方でソロモンは、ここぞという場面では自分の意思を曲げない頑固なところはあるものの、日常的には強気に出られると尻込みしてしまう傾向があるように思う。 
 このままでは少々可哀想な気がしたので、マルファスは助け舟として、話題を変えてやることにした。
「そういえば、あんたたちっていま、資金調達はどうしてるんだ? もう王家の後ろ盾があるってわけじゃあないんだろう? 幻獣のパーツでも売るのか?」
 少し前まで、ソロモン一行は王家の支援を受けた(一般にはその存在は知られていないものの)公的な存在だった。ソロモン一行は、というより、ソロモン王となりえる存在を探していた集団が、というのが正解だろうか。
 が、王都で起きた一連の騒動によって、その後ろ盾はなくなってしまった。旅を続けるには金が要る。

 幻獣はヴァイガルド原生の生命体ではないが、生物は生物だ。肉は食えるし、爪や骨は道具や装飾品として使える。巨大なものが多いので持ち運びは大変だが、一部なら持ち運べないこともない。実際、いまも手が空いている者たちが幻獣の身体を解体している。
「そういう場合もあるけど、大した値段にならないことも多いし……理想的なのは幻獣退治の依頼を受けることかな」
 とソロモンは答える。
 幻獣はそれをそれと知っている者でなければ、奇妙な形態をした害獣と映る。違うのは、その強大さではなく、凶暴さだ。野山の獣の獲物は食物だが、幻獣が探すのはフォトンであり、つまりヴィータだ。獣より危険性が高ければ、懸賞金がかけられるには十分だろう。
 だがそれにもタイミングというものがある。あまりに強く、殺戮を行うような幻獣の場合、王都から騎士団なり、あるいはヴァイガルドの最終防衛線である〈盾〉が派遣されて討伐されてしまう。懸賞金がかけられるというのは、適度にヴィータを殺してはいるものの、まだ極端に大きな被害を出していない、というものだろう。殺しすぎていると、そもそも近くの村や街が壊滅してしまっていて、金を出す者がいないという事態もありえる。

「次の街は、どうなんだ? けっこう大きくてしっかりした街に見えたけど」
「うーん、さっき現れた幻獣のことを考えると、この近くにもう少し幻獣が湧いていてもおかしくはない……かな」
「そうか。じゃあ、依頼が出ているといいね。依頼がなかったら、すぐに次の街に出発するのか?」
 そうなったら、そこでお別れだろう。旅というものは、大部分が移動だ。現在は暇なマルファスだが、そこまでついていくほどに暇というわけでもない。
「いや……うーん、幻獣退治はするよ」
「無償で? そりゃ、酔狂だね」
 とマルファスが言うと、ソロモンは眉根を寄せて複雑そうな表情を作った。
「べつに悪いって言ってるわけじゃない」
 とフォローしておくと、「あ、いや……そういうわけじゃなくて」と来る。じゃあ、どういうわけだ。

「幻獣を退治したら、依頼がなくても報酬は貰うつもりなんだ」
「どうやって?」
 と会話をしていると、急に目の前が暗くなった。太陽を覆い隠すように、長い銀髪の巨漢が立っていた。
「ソロモン、マルファス、お喋りしてないで手伝ってくれや。幻獣の爪を剥がすぞ」
 と低く重い、しかし親しみのある声を投げかけてきた巨漢はブネという男だ。彼も追放メギドであるが、戦闘・行動面が経験豊富であり、一行のリーダー格と言って間違いない。
 言われるままに、幻獣のパーツ剥ぎを手伝う。マルファスの武器は鎌で、幻獣の爪の付け根から刃を差し込んでやると、だいぶん爪が剥がしやすくなった。幻獣の身体は一般的なヴァイガルドの動物に比べれば丈夫なので、うまいこと商人に売りつけられれば適当な道具に加工されるだろう。いちばん使えそうなのは、それこそ爪の用途として相応しい、武器としてかもしれない。

「さっきの話だがよ」
 と作業をしながらブネが言った。
「さっきの?」
「依頼がないのにどうやって報酬を貰うのか、って話だよ」
 と言うからには、ブネはマルファスとソロモンの会話を聞いていたらしい。首肯して先を促す。
「依頼を受けられなくても、幻獣退治してその証拠を突きつける相手がいりゃいいんだ。それで金を取れる」
「誰から?」
「そりゃ、金持ってそうなとこだよ。領主か商人だな」
 つまり、吹っかけるわけだ。幻獣という化け物がいて、放置していたら街が危険に晒されていたはずだ、それを退治したのだ、だから金を払え、と。そんな道理、通るものなのだろうか。
「知らんのか? 〈貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)〉だ。金を持ってる奴は、それだけ還元する義務があるってもんよ」
「実際、そんなやり方で今まで上手く行っていたのか?」
 ソロモン王に出会う以前からある程度荒事に通じていたブネとは違い、マルファスはずっと学生だった。ヴィータとして生まれ変わる以前のメギド時代ならともかく、荒事には詳しくはない。
「まぁ、な。相手がソロモン王や幻獣のことを知っていて、多少賢けりゃ、幻獣を殺した奴らとは一悶着起こしたくないだろうさ。知らなくても、こういう」とブネは幻獣の爪を蹴る。「証拠がありゃ、相応のバケモンがいて、それを倒したって証明にはなる。端金で済むなら、向こうもありがたいってもんさ」
「多少でも賢くない場合は?」
「その場合は、ま、無理矢理だな」
 と悪びれずにブネは言い切った。

「そういうの……強盗って言うんじゃないか?」
 とマルファスは正直な気持ちを、隣で作業していたソロモンに言ってみた。
「え、でも……ブネがこれが普通だって」
「ちゃんと対価は支払っているさ」とブネ。「幻獣自体は対処しているんだからな。ま、金を持ってるやつってのは、それを使う義務があるんだ」
 ソロモン王という青年はここぞというときには頑固ではあるが、そうではないときには少々流されやすいところがあるな、と女顔の青年の顔を見ながら思った。
(こいつは本当にハルマゲドンを止められるのかね………)

 ハルマゲドン。宵界メギドラルの悪魔たちによって引き起こされる天界ハルマニアとの最終戦争。滅び。
 追放されたマルファスには、もはやそれを止める力はないと思っていた。だがソロモンと出会ったことで、いくらか光明が見えた。もはやマルファスは軍団を持たず、ひとりではただのヴィータ以上の力はない。それでも、守りたい人々はいる。

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