小説メギド72/『パワー9』-2
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クーインの街を一言で表すなら、宿場町だろう。
だだっ広い草原の中にぽつねんとあるこの街は、旅人にとってはちょうど良い宿だ。しぜんに人が集まってくる。宿があれば食事処ができ、店が作られ、風呂場が建てられる。つまりはそうして自然発展した街だ。人が集まるにつれて拡張していったためか、外壁は歪で、しかし高い。高い技術力と経済力がある証拠だ。幻獣のパーツを売りつける先にも、幻獣退治を行った対価を受け取るための相手にも不足はしないだろう。
あるいは現在ソロモンたちが求めている、ヴァイガルドを襲うメギドラルの脅威に関する情報も手に入るかもしれない。情報は大事だ。ソロモンたちはこの街に滞在中、情報収集を続けるらしい。マルファスもそれに協力することになっている。それは、ま、いい。協力してやる、と
「だが、なんでぼくがシャックスと一緒に行動しなくちゃいけないんだ」
とマルファスが苦虫を噛み潰したような顔で苦言を吐くと、班分けをしたソロモンは不思議そうに首を傾げた。
「え? だって、そのほうが良いだろう?」
これをきょとんとした、当たり前のことを親切心で言っているような顔で言ってくるのだから、怒る気にもなれない。
「マルマル、よろしくよろしく!」
マルファスとともに行動する追放メギド、シャックスはいつも通りの底抜けに明るく何も考えていない、一切の思考活動を停止した表情で明るく言った。
いまさら止めるにしても、既に行動は開始してしまっている。ウェパルとマルコシアスが食料品関係の買い出し、ガープとモラクスは燃料や需要品の買い付けと他の街から持ち込んだ不用品の売却、ソロモンとブネはペアになって金を持っていそうな依頼人探し。バルバトスも単独で情報収拾に動くらしい。
ふたりで行動するのは、見知らぬ街で安全に行動するためだろう。特に女は狙われやすい。追放メギドは、ヴィータとして転生したあとの基本的な能力はヴィータに依存はするものの、身体・精神両面で高い能力を示すことが多い。小柄な少女にしか見えないウェパルですら、真っ当な戦いなら複数人の男性に襲われても対等以上に戦えるだろう。
だがヴィータというものは、そもそも対等には戦わないものだ。戦争社会のメギドラルとは違う。もし女を襲うにしても、背後から複数人で襲いかかってくる。だいたいの場合はそれでも対処できるだろうが、いつかはうまく対応できずに酷いことになるかもしれない。ふたりいれば、リスクはいくらか下げることができる。
シャックスだって、いちおう女だ。しかも若い。くるくる変わる表情は見る者によっては魅力的に映るだろうし、ポニーテイルにした金髪や明るい海色の瞳は、まぁ、相応に可愛らしく見えるものだろう。いかにこいつが馬鹿だとは言っても、ひとりで行動させられない。
「マルマル! マルマル! こうやって一緒にふたりで行動するのは久しぶりだねぇ」
それはマルファスがシャックスのことを知って以来、可能な限り距離を置くようにしていたからだ。能力とさえ呼ばれたシャックスの「悪運を呼び込む力」はメギドラル時代から有名ではあったが、マルファスが彼女と距離を置くのはそんな理由からではない。
自分の興味があること以外にはまったく耳を貸さず、恩を売ってやっても三歩と立たず忘れる鳥頭。自身がメギドであるということを公言して憚らず、ヴィータの常識から外れた悪魔——それがシャックスだ。
彼女に自身が追放メギドだと知られてしまったことは、冗談ではなく一生の不覚だ。マルファスも元メギドだが、自身がヴィータではないということは周囲には隠している。当たり前だ。メギドは神話の時代に天界ハルマニアの
「いつもはどうやって情報収集しているんだ? 指針とか、あるんだろう?」
とマルファスは歩きながら、駄目元で訊いてみる。
「えー、あたしにそんなのナイナイ」
シャックスはいつも通りの底抜けの、本当に底が抜けている明るさで答えた。こいつは、駄目だ。くそう。確かにマルファスはシャックスと同じ学院に通う学生ではあるが、こいつと仲が良いわけではないのだ。それなのにソロモンは、と歯噛みせずにはいられない。
幸いといえば良いのか、マルファスとシャックスの組はあまり期待されていない。それは情報収集の区分けを見てもわかる。ふたりの担当は商業地区だ。特に繁華街のような危険な地域は、吟遊詩人として場慣れしているバルバトスが担当してくれている。
商業地区は商人の流れがあり、さまざまな地方からの情報は得られるが、それは「表」の情報だ。よほど活発化しない限り、幻獣のようなこの世界にとっての異物の情報は「裏」で済ませられてしまうことが多い。それに、ブネたちの班も目的が済んだらマルファスたちの地域で情報収集をしてくれることになっていることから、それほど期待されていないことがわかる。マルファスはシャックスのお守りをしていれば十分、ということなのだろう。
拠点とした街の入口の宿から北部の商業区まで歩いてくるまでの間の街の様子から、クーインの街がよく発展した明るい街であることはよくわかる。高い塀の内側に設けられた、舗装された路面。広々とした空間には公園や広場が設けられ、子どもや女性が特に警戒した様子を見せずに歩いている。少なくとも、マルファスの住んでいる王都と同程度には平和なのだろう。
特に何を探れ、という具体的な目標は与えられていないので、必要なのは幻獣かメギドラルの攻撃に関する情報だろう。ざっくらばんに言えば、異常だ。期待されていないにしても、手を抜く理由にはならない。マルファスはシャックスとともに——というかシャックスをそばに置いておきながら、商業区の小売店の店主を主たる対象として、聞き込みを始めた。
マルファスは容姿は優れているという自覚がある。自負ではない。自覚だ。やや女顔であることは否めないが、客観的事実だ。その事実は、ヴィータの間に入り込むときに有利に働く。話を聞いてもらいやすい。
だがそれは相手が女性の場合に限る。男なら、女が相手をするほうが良い。シャックスは喋らせれば頓狂だが、容姿は相応だ。マルファスが尋ねるよりも有利に会話を運べる可能性がある——シャックスが喋り始めるまでは、だが。
「シャックス、次はあの店で——」と同行者の名を呼んだが、返事がない。「シャックス? シャックス? おい、鳥頭」
雑踏の中、周囲を見回すが、やはり返事がない。
が、本来あるべき位置よりずっと低い位置にあってもなお、明るい金髪は人々の流れの中でも目立っていた。
街路の左右に立ち並ぶ露店の隙間、細い路地にシャックスはしゃがみこんでいた。
「おい、鳥頭。なにやってんだ。うろちょろするな」
「うろちょろしてないよ。じっとしてるもん」
と
「おまえ、こういう都市の暗がりはたいてい危ないんだぞ。女がひとりになったらどういう目に遭うかわかってるんだろうな?」
「えー? レイプされるとか?」
「れっ……」
シャックスの無垢な表情とは正反対の言葉が出てきたことで、マルファスは絶句した。
「おまえ、意味わかって言ってるのか?」
「何が?」
「だから、その……」レイプ、と言う言葉を使うのが躊躇われた。「さっき言った言葉の意味だよ」
「レイプされるってこと? 強姦されるってことでしょ?」
小首を傾げて教授から質問された内容を回答するかのように言ってくる。いちおう、理解はあるらしい。
「おまえ……そういうヴィータの倫理観が抜け落ちているのかもしれないけど、そういうことは、ちゃんと慎重に、っていうか、あの、考えてしろよ」
「しないよ。あんなの……気持ち悪いだけだったし」
「だけ……だった?」
「うん、なんか、身体の中に相手の一部が入ってくるじゃん? ああいうの、メギドラルだったら牙とか爪が入ってくるときだけじゃん? だから痛いし、気持ち悪いよねぇ。でも、それはあたしが女だからかな? 男だと違うのかな?」
「そんなの、知らな——」
言いかけて、マルファスは口を噤む。
己の太腿を指先で叩く。気を取り直す。そうじゃない。そうじゃない。いまは。
「で、なんなんだ。この路地に、なにがあったんだ。」
「キノコ」
「は?」
「マルマル、キノコだよ」
シャックスはしゃがみ込んで、路地裏に生えたキノコを見ていた。薄茶色の笠を持つ、なんの変哲もないように見えるキノコだ。
マルファスは溜め息を吐きたくなった。吐きたくなったから、実際に吐いた。
メギドラル時代から、こいつのキノコ好きは異常だ。食事にしても、キノコを見つけては毒か薬かも気にせずに片っ端から食べていたものだ。食事面に関しては、その辺の建造物を取り込んで巨大化し過ぎていたマルファスが文句をつけられることではないのかもしれないが。
「このキノコ、変なところに生えてるね?」
とシャックスは頓狂なことを言いだした。
「路地裏みたいなジメジメしたところにキノコが生えているのは普通だろ。おまえ、いまなにをしに来ているかわかってるのか? 異変がないかどうかの情報収集の——」
「違うよ。だってこのキノコ、好光性がある種だもん」
「好光性?」
「そのまま光を向いて生えるってかんじかな。普通のキノコは日陰とかジメジメしたところに生えるけどね、このキノコはそういう種じゃない」
シャックスは学院では植物学——とくにキノコについて学んでいる。あらゆる点で脳の足りないこの追放メギドには、唯一の例外がある。彼女の好むもの、つまり、キノコに対したとき、異常に冴える。知識も十二分だ。
「なんでだ?」
とマルファスはひとまず訊いたが、これは具体的な質問ではなかった。しかしシャックスは、「なぜキノコは日陰に生えるのか/このキノコは日向に生えるのか」という意味だと受け取ったらしい。
「キノコは菌類の一種だけど、菌類は葉緑体がないから光合成しないもん。光合成しないなら、わざわざ他の種と争って日向に出るだけ無駄でしょ? よほどの理由がない限りは」
人が変わったようにすらすらと話すシャックスは薄気味悪い。
「じゃあ、なんでこのキノコは、好光性だっけ、それを持っているんだ?」
「わかんない。まだ研究中だもん。でも、共生している生物種がいて、そっちが光合成するのかも」
(共生ねぇ……)
マルファスが連想したのは冬虫夏草だったが、あれは寄生か。生物学はよくわからない。
「じゃあなんでここに生えているキノコはいつもと違う場所に——」尋ねたはずの言葉は、しかし終わる前に結論に至った。「フォトンスポットか?」
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