正義の海/1/1 虹村億泰 -1

第一章
対クレイジーダイヤモンド、ザ・ハンド、ハイウェイスター
VS. Crazy Diamond, The Hand, and Highway Star


 虹村億泰にじむらおくやすの兄、虹村形兆は二年前に死んだ。

 というより、殺された。
 自業自得だ、と億泰は思っている。なぜなら、彼を殺したのは、不死の怪物を殺せるよう望み、形兆自身が作り出した超常能力者だったからだ。言ってみれば、自分で作り出したミサイルの威力が強すぎて爆発の余波で吹き飛ばされたようなものだ。だから、自業自得だ。
 それでも弟である億泰が彼を悼まないか、というとそれはまた別問題だ。

 兄が死んでからは様々なことが起きたわけだが、あれから二年経ったいま、億泰は平和の只中にいた。敢えて問題を挙げるとなれば、高校三年生になったいま、己の進路に悩んでいるということだ。
 億泰は勉学ができる部類ではない。とはいっても学力がとりわけ低いというわけではない。いってみれば、普通だ。柄ではないとしばしば言われるものの、日頃から予習復習を欠かさず、試験前にはしっかりと勉強をする。だが、それでも普通だ。ということは、向いていないのだろうと思う。
 父親は働けず、母親はいない。兄も死んだ。とはいえ資産は相応にあり、無駄遣いさえしなければ、大学に行く程度の金はある。地元大学ならば、しっかりと受験勉強をすれば手の届かない距離ではないとも担任教師に言われた。だが、勉学に向いていないのならば、大学に行っても意味がないのではないか。

「だがよぉ、億泰。大学ってのは勉強するためだけに行くわけじゃあねぇだろう」
 と言ったのは友人だった。確かにその通りで、遊ぶために大学に行っているような輩もいるだろう。就職の足がかりに進学するものもいるだろうし、何も考えずに義務教育のように流れで大学に行くという人間もいるだろう。だが億泰はそうはしたくなかった。この命、この身体、この心は兄に生かされた命だ。無駄遣いはしたくない。

 進学しないのならば働くということになるわけだが、しかしこちらはこちらで億泰には自分がどんな職種に向いているのかも判らなかった。
 もし学生を二分するなら、彼は不良の側に入る人間だ。口汚いし、すぐに手が出る部類で、自分でもそれは悪いとは思っている。なにより自分自身認識するところでは、人相が悪い。特に連れのふたりと比べると、その悪人面が一層引き立つような気がする。
 億泰は視線だけで両隣のふたりを窺った。億泰と同じく学生服に身を纏うふたりは、どちらも同級生で高校三年生。ひとりは日本人離れした風貌ながら、油で髪を固め、まるで古臭い不良のようだし、もうひとりは頭に剃り込みがあるうえ、服にはリボンタイだのカフス釦だのとごてごてとした装飾が為されており、億泰と同じ制服を着ているとは思えないほどである。 

「しかしよぉ」
 とそのうちのひとり、髪を油で固めた、しかし不良というには似つかわしくない優しげな雰囲気を湛えた少年、東方仗助とうほうじょうすけは白瀬駅西側のペデストリアンデッキを歩きながら言う。
康一こういちには驚いたよなぁ。まさかおれらより先に、警察から話が来てて、しかもそれを隠してたってんだから」
「確かにな」とリボンタイの少年、噴上裕也ふんがみゆうやが頷く。「とはいえ、納得ではあるな。あいつの《エコーズ》ほど刑事に向いてるスタンドはないぜ。犯人を無傷で捕獲したり、人質を助け出すとかにも使えそうだしな」

 康一というのは、広瀬ひろせ康一という名の三人の共通の友人で、やはり同じ高校に通う同級生だ。いまはとある事情を抱え、ヨーロッパに旅行に行っている。
「まぁ、それはそうなんだがな……。薄情なやつだ。話があったのを黙ってたってんだから」
「そりゃ、仕方ねぇだろ。あのおっさんが言うにゃ、それも試験ってことだったらしいし」
 話に上がっていたのは、今日、日曜だというのにこの三人が制服を着て、杜王町から白瀬市までやってきた理由に関することであった。
 まさしくいま悩んでいる億泰の、また友人の東方仗助と噴上裕也の進路に関することであった。



 数日前、億泰の家に電話がかかってきた。受け取ってみると、相手はM県警の捜査一係の刑事であり、警察に就職しないか、と声をかけてきた。
 始めは悪戯だと思った億泰だったが、刑事を名乗る男の口から、〈スタンド使い〉、そして「爆弾魔事件」という単語が出てきたことで、真実味が増した。
『〈スタンド使い〉が事件を起こすことはほとんどありません。なにせ、絶対数が少ないわけでですからね。しかしまったくない、というわけではなく、ときにスタンド使いが事件が起こすとき、それは凄惨なものになりえます。二年前の事件のように、ね』
 もはや疑う必要はなかった。

〈スタンド使い〉。それは〈幽波紋スタンド〉と呼ばれる超能力を使う力を持つ者たちの呼称だ。名付けたのは東方仗助の父親らしいが、それにしては随分と浸透している。
 億泰、仗助、噴上、そしてこの場にいない康一も含め、全員がスタンド使いだ。彼らは二年前、やはりスタンド使いである爆弾魔と死闘を繰り広げ、辛うじて(そう、辛うじて、だ。特に億泰は)生き残った。

 電話越しの丁寧な口調の刑事は、県警でスタンド使いの刑事を増やしたいと思っている、と告げた。ひいては自分の知るスタンド使いをスカウトして回っており、特に億泰には期待を寄せているため、刑事になるなら好待遇を保証するし、試験も有利になるように調整するので、是非一度今度の日曜日に県警に来て直接話を聞いて欲しい、ときた。
『虹村くん、きみが二年前の事件の際に活躍したことは聞いています。是非、色好い返事を期待しています。もし話だけでも聞いてくれるのならば、県警の受付の方に、捜査一係の鹿又かのまたと約束があると告げてください。ああ、解っていると思いますが、スタンドのことは喋っては駄目ですよ。警察関係者も、スタンド使いのことを知っているのはごくごく僅かですので。
 それともうひとつ注意として、お友だちには今回のことを断じて話さないようにお願いします。いちおう、警察でスタンド使いを集めているというのは、まだ秘密事項ですので。もちろん、同じスタンド使いの子たちにも駄目ですよ』



 当日の今日、県警に赴くために杜王町駅から白瀬駅への電車に乗ってみると、仗助と噴上の姿があった。ふたりともその理由を語らず、逆にこちらに白瀬市へと向かう理由を尋ねてきた。秘密にしておけ、という警察からの願いがあったためもちろん語れないのだが、互いに宥めあい、賺しあい、最終的には全員が鹿又という刑事から連絡を受けたことを白状した。
「とりあえず、お互いに秘密を守ったことにしようぜ」
 という合意を取ることが噴上から提案され、三人で可決された。共同体というわけだ。

 三人とも待ち合わせ時間は同じだったので、電話の刑事はそもそも彼らが県警に来るまでに顔を付き合わせる可能性は考慮していたのだろう。というより、それを期待していたのかもしれない。秘密を守れる人間かどうかを確かめるために。結果は失敗なのだが。
 全員が念のためにと早い時間に出てきたため、鹿又刑事との待ち合わせには少し余裕があったため、駅前のアーケードにある喫茶店に入り、茶をしばく。
「しっかし警察がよぉ、スタンド使いを集めていただなんて知らなかったが……」と席に着いて仗助が呟くように言った。「考えてみりゃ当たり前だよなぁ」
「まぁな。スタンド使いはスタンド使いでしか倒せねぇんだからな」

 噴上の言う「スタンド使いは、スタンド使いでしか倒せない」という考え方は必ずしも正しいわけではないが、現実に即せばほぼ正しいといって差し支えがない。
 スタンド能力は一種の超能力だが、一般的なスプーン曲げだとか予知能力だとかのよくある超能力と違う部分は、スタンド・ヴィジョンの存在がある(あるいはスプーン曲げだとかのいわゆる念動力も、スタンド・ヴィジョンを通して曲げているのかもしれない。そのような超能力者を見ないのは、テレビだとかに出てくるそれが似非だというだけで)。
 スタンド・ヴィジョンはスタンドの本体といっても良いもので、ほとんどのスタンドはこのヴィジョンを通して能力を行使する。多くは人型で、この場の三人のものもそうだ。

 もしスタンド使いと一般人を攻撃しようとするなら、スタンド使いは少し離れた位置から、スタンド介して殴りつけることができる。殺すにしても、一般人の目には見えないのだから、疑われようがない。完璧な犯罪が行えるというわけである。
 スタンドが見えないのであれば、スタンドが引き起こす能力の結果は見えるが、原因はわからない。
 ならば法を取り締まる側の警察としては、スタンド使いに対抗できるスタンド使いを欲しがるだろう。スタンドを用いた犯罪は法で取り締まれるわけではないが、少なくとも犯罪をその場で防いだり、実行力をもって解らせたりすることはできるのだから。
 ならばこの力は人の役に立つのだろうか。人を守るために役立つのだろうか。億泰は己の右手を持ち上げて考える。彼のスタンド《ザ・ハンド》の右腕は、狙ったものを消失させるあまりにも暴力的——否、虚無的なスタンドである。


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