小説ラスクロ『アニーよ、銃を取れ』/時代1/Turn2《轟きし力の宝武具》
(小さい………)
アンは目の前の女性を見下ろして、そんな感想を抱いた。
女性としては標準的な体格であろう部類に入るアンだったが、件の召喚英雄はそれよりも明らかに小柄だった。栗色の三つ編みと大きな丸い瞳は同性から見ても魅力的であったが、それは《深冥の魔参謀 ベリス・ベレナ》のような蠱惑的な妖しさではなく、ただただ可愛らしかった。大人しいデザインのワンピースドレスは落ち着いた印象を抱かせ、靴だけは拍車のついた無骨なものではあったが、それ以外は商店の看板娘といったところで、これが召喚英雄などといわれても信じられない。
(確か二つ名は〈
英雄に付ける二つ名としては、これ以上ないほど意味不明である。
「お世話をしていただける方が来ると言われたのですが……あなたですか?」
と、その女召喚英雄は言葉さえも丁寧で落ち着いたものであり、見た目どおりに可憐な声だった。アンは慌てて首を縦に振った。
「そうですか。不慣れなのでお手数おかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
柔和な笑みを浮かべて手を差し伸べる召喚英雄――《アニー・オークレイ》に対し、アンは一瞬躊躇したものの、手を握った。
「よろしくお願いします、オークレイさん」
「アニーでいいですよ」とアニーはまた笑んだ。落ち着いた笑顔を見せる女だった。「お世話をしていただけるのが可愛らしい方で良かった。お名前をお聞きしても?」
「あの……わたしもアニーです。アニー・アンです。アニー・アン・メイル・エイン。でも、アンと呼ばれることのほうが多いので、アンと呼んでいただけると……」
「そうですか。では、アン、よろしくお願いします」
アニー・オークレイが、身につけている衣服以外に持っていた品は長い銃身のライフルだけだったうえ、衣服のサイズも城にあるもので調達でき、しかも特段の要求をしてこなかったため、彼女のための部屋の用意はすぐに整った。
「ありがとうございます、アン。ひと通りのお仕事は終わったと思うのですけれど、ちょっと休憩しませんか?」
調度品の調達とその掃除が終わったところで、アニーはそんなふうに声をかけてきた。座っていてくれればよいと言ったのだがアンの仕事を手伝ったため、疲れたのかもしれない。アンは給湯室で紅茶を淹れて、部屋に戻ってきた。
「まだお部屋の外に出してもらえないのは、やっぱり怖がられているのでしょうか」
紅茶に口を付けて、美味しい、と単純ながら嬉しい感想を述べたのち、アニーはそんなことを尋ねてきた。彼女はまだこの部屋の外に出る許可を与えられていない。だから紅茶を淹れるときについていきたいと彼女が言ったときも、アンは丁重に断らなくてはならなかった。
「あ、えっと、その……召喚英雄というと、そのぅ、一般には怖い方だと言われているので……もちろんあなたが違うというのは、実際に会話をすればわかるとは思いますけれど
「そうみたいですね。召喚英雄というのはよくわかりませんが、一般的な英雄というイメージとわたしが乖離しているというのは理解しています。それは良くも悪くもありますね」
とアニーはにっこりと笑った。妙齢の女性にしては幼さの残る顔立ちなので、笑うと美しさよりむしろ可愛らしさが強調されていた。
「怖さが足りないというのは、さきほど王さまの前でも言われてしました。なので明日、ちょっとした曲芸をしなければならないみたいなんですが……トランプってこのお城にありますか?」
「トランプ?」
「えっと、なければ、なんでもいいのですが、掌大のある程度硬い紙片があれば……。それと、ほかにも」
アンは城の中を探して要望の品を調達してきた。硬い紙片、男物の上着と帽子までは良かったが、馬となると少々苦労した。
「あの……何をするつもりなんですか?」
ひと通りの品が揃ったところで、アンが尋ねると、アニー・オークレイは何度も見せた笑顔を披露して言った。
「ワイルド・ウェスト・ショウですよ」
*
翌日、黒の覇王との謁見を行う玉座で異変が起きたのは、黒の覇王がアンに命じて新たなる召喚英雄、《アニー・オークレイ》を呼び出し、彼女の力が英雄に足るものであるかどうかを示させようとしたときだった。
謁見の間を出て行こうと扉を開けた刹那、何かを巨大なものがアンの真上を飛び越していった。振り向くと、目の前に――いや、既に風のように駆けて過ぎ去っていってしまったのは、鞍をつけた馬だった。馬だけではない。人の乗った、騎馬。
黒の覇王の周囲にいた護衛兵たちが一斉に身構えた。だが次の瞬間、彼らの武器はすべて床に落ち、耳障りな金属音を立てていた。金属音の前には、何かが破裂するような音が連続して聞こえた。
「こいつが電光石火の早業だ」
少年のような悪戯っぽい声は、馬上の人物から発せられていた。帽子の端から栗色の三つ編みが落ちる。このときになってようやくその場にいた人々は闖入者が召喚英雄《アニー・オークレイ》であるということを悟った。だが彼女がどのようにして兵たちの武装を解除したのか、次の動作を見るまでは誰にもわからなかった。
「さぁさ、お次はあちらのアン嬢にご注目!」
黒の覇王の横に馬に乗ったまま移動したアニーは、手に携えていた長物で、長い謁見の間の通路の先のメイドを、すなわちアンを指した。アニーの長物、ライフルの金色の銃口の先からは、先ほど兵士の武装を弾き落したときの硝煙が立ち上っている。
アンは武器に関しては詳しくはないが、ただ引き金を何度も引くだけでは銃というものは連射というのはできはしないし、至近距離だからといって槍の細い柄に射撃を当てることが簡単ではないことくらいは知っている。ましてや、銃撃音がほとんど繋がって聞こえるような早撃ちだ。
だが次に起きることについて、アンは疑ったりはしなかった。予定通りのことだったし、既にこれよりも凄まじい技を見ていたから。
黒の覇王の隣にいるアニーから、その対面のアンまではおよそ40メートル。その幅は事実として存在しているのに、アンが持ち上げた紙片には響き渡る轟音とともに奇妙に穴が空いた。端から端まで、綺麗に等間隔に穴は増えていく。
それはさながら鋏を入れられた入場券で、その場にいたすべての者たちは 〈
*
「いやぁ、疲れました。アン、お付き合いありがとうございました」
召喚英雄の神業の披露の終了後、男性物の衣装から着替えて化粧を落としたアニー・オークレイはアンに礼を言ってきた。
「お披露目会」は大成功で終わった。〈無料入場券〉を舐めていた黒の覇王はアニーを見直した――いや、恐れた。彼は正しく召喚英雄の恐ろしさを理解したのだ。化け物の恐ろしさを。
そしてそれは、アンも同じだった。
アンは当初、この「お披露目会」の演出に反対していた。何せ流れが強引すぎる。遠距離の狙撃については、もっと遠い距離での射撃を前日にあらかじめ見せてもらっていたため、彼女の腕は確信できていたが、問題は最初の登場だった。一歩間違えれば、アニーは黒の覇王の護衛たちによって串刺しにされていてもおかしくはなかった。
「べつにああまでする必要はなかったんですけどね、久しぶりのお披露目だから、なんだか楽しくなっちゃって」
とアニーは悪びれずに舌を出す。披露の先にも後にも緊張感はなく、それは当然のことだった。彼女にとっては、瞬時に護衛兵数人の手から武器を叩き落すだなんてことは朝飯前のことなのだから。
「アン、お茶にでもしましょうか? この世界にはどんなお菓子があるんですか?」
と促されるままにアンはお茶の支度を始めた。庭で詰んだ茶葉でお茶を淹れ、焼きたてのスコーンを調理場から拝借してきた。
「このジャムは変わった色ですね」
などと言いながらジャムをスコーンをではなく茶の中に入れるアニーの姿を、アンはじっと見下ろした。どこからどう見ても、数時間前まで化け物のめいた動きで男たちを圧倒した。それを可能にしたのは、いまはカップを握っている彼女の指と、無造作に寝台の上に置かれた彼女の銃。
「どうしました、アン? あなたも座ってお茶にしましょう。ねぇ、女の子同士でお喋りをしましょうよ」
「あの、アニー……その、お願いがあるのですが」
「お願い?」アニーが首を傾げると、三つ編みが揺れて丸い大きな瞳が輝いた。「なんですか、お嬢さん?」
「わたしに……わたしに、戦い方を教えてくれませんか?」
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