4-064C 《火葬場のオーク》
魂を焼くには、魂の薪が必要となる。


「今日は《疫魔の眷属》を60体も退治したそうです! 流石ですね!」
 胸から腿にかけてを辛うじて覆い隠す白い薄衣に身を包んだフィーが、ベッドの上から嬉しそうに話しかけてくる。話題はいつも通り、バストリアに突如として現れた《疫魔の獣 イルルガングエ》と、その眷属の退治に関する話だ。

 もちろん彼女が語る武勇伝は、彼女自身のことではない。ウーディスという名の、得体の知れない黒衣の騎士のことである。
 バストリア極北の奈落から《疫魔の獣 イルルガングエ》が現れたのがひと月前。それに先んじて現れた《疫魔の眷属》を颯爽と退治したウーディスという名の黒衣の男は、愛娘の危機を救った英雄としてバストリアの黒の覇王に寵愛を受けるようになっていたいまや覇王直属の騎士である。

 出自不明であり、己のことを語りたがらないうえ、顔を鉄仮面で隠した人物を騎士として取り立てるなど、ほかの国家でならあり得ないことのようだが、ここはバストリアである。
 黒の覇王自身が成り上がりであるため、唯才の精神が掲げられており、才能があれば出自は卑しくとも認められることは少なくない。アロンドも似たようなもので、だからウーディスの騎士叙勲には反対できなかった。

 だが、アロンドには気になることがふたつあった。 
 ひとつはフィーのこと。

「ウーディスさまは本当に素敵です。かっこいいです。きっと仮面の下は月も翳るようなイケメンなのでしょうね………」
 薄い胸に両手を当て、うっとりと何も無い虚空を見上げるフィーは、まさしく恋する乙女という有様だった。
「病気で醜くなったので顔を隠していると本人は言っていましたよ」とアロンドは言ってやる。
「そうだとしても、きっと心は清いのです」とフィーはめげない。「それに、ウーディスさまの声は、聞いているとほんとうに安心します。あの方とは初めて会った気がしませんし、きっと運命なんです」
「今日の検査は終わりなので、もういいですよ」
 アロンドは寝台のカーテンを閉めて、着替えるように促した。
 カーテン越しに、「まったく、もう、アロンドもウーディスさまのことを素敵だと思っているくせに」などとフィーが呟く。白い薄布に、着替えるフィーの姿が映った。

 もうひとつの気がかりは、ウーディスという人物そのものに関してだった。
(ウーディス、か………)
 場末の酒場の卑猥な出し物のような影絵を鑑賞しながら、アロンドはウーディスが黒の覇王に騎士叙勲を受けた直後のことを思い出していた。



「あなたはわたしに会ったことはありませんか?」
 アロンドはウーディスに向けて、そう尋ねたことがある。騎士叙勲の直後である。口に出してみれば、安っぽい軟派の文句のようだ。馬鹿らしい。言い直す。
「あの、ウーディス、という名はザルガン特有の名ですよね? わたしの知人にも、同じ名前の者がいるのですが………」

 ウーディス、というのはアロンドの師の名だ。孤児であったアロンドは、幼いときに彼に拾われ、時空魔術とそれを利用したさまざまな施術や医術を教えた。
 正確には、アロンドの師の名前だった、というべきか。五カ国を渡り歩いて研究や医療に従事していた彼にとって、ウーディス、というザルガン特有の名は邪魔だった。
 ひとつはザルガンがバストリアの一地域の名であったためで、特にバストリアの敵国であるグランドールやガイラントに赴く際には都合が悪かった。
 また、当時はザルカンの時空魔術師そのものがあまり良く思われていなかった。時空魔法は一種の禁忌に近く、現在ではフィーの治療のために使われているため、黒の覇王が庇護してくれてはいるが、それ以前はバストリアでも立場が悪かったのだ。

 そのため、アロンドの師はバストリアに宮仕えする前に名を変えた。だから宮中では、彼のかつての名を知るものはいない。
 その数年後、次元渡りの禁呪を研究している最中に魔術が暴走し、次元の狭間に落ちて死んだ。少なくとも今日まで、アロンドはそう思っていた、

「次元渡り……、プレインズウォークか」
 と師に関する説明を聞いたウーディスが呟いたので、アロンドは驚いた。次元渡りは禁呪中の禁呪で、一般人どころか魔術師でさえも、知る者は少ないのだ。
「知っているんですか?」
「禁呪だということは知ってはいますよ。寡聞ながら、成功したという話はついぞ聞いたことがありませんが」

(やはりこの男、時空魔術師か………)
 ウーディスの発言から、アロンドは薄々に疑っていたことを確信できた。彼が《疫魔の眷属》を撃退する剣術は、時空魔法を応用したものだ。
 《疫魔の眷属》は単体では非常にか弱い存在だ。人の歩行よりも遅いスピードで近くの生物に接近し、取り込もうとする。殺すのは容易で、しかし《疫魔の眷属》を殺せば、殺した者やそれに触れた者が次の《疫魔の眷属》になる。それは《疫魔の獣 イルルガングエ》の襲来後、徐々に明らかになった事実であった。
 しかしウーディスはといえば、疫魔を意にも介さずに眷属を退治していた。それを可能にしていたのは、時空魔法を利用した剣術だ。

 死なない程度に負傷した《疫魔の眷属》は、身体を修復するために生物無生物問わず、周囲の物質を吸収しようとする。その際に、ウーディスは《疫魔の眷属》を小さな時空檻に閉じ込めることで、己の身体を食わせている。
 《疫魔の眷属》のエネルギー変換には無駄があり、効率は1を超えないため、吸収した一部は熱として無駄に放出され、結果として眷属の身体は徐々に小さくなる。そして自壊する。
 ウーディスは疫魔を殺すのではなく、自殺させているのだ。

「その通りですよ。よく一見しただけでわかりましたね。いやぁ、さすがバストリアの王宮医師どのは優秀だ」
 時空魔法に関しての指摘を受けたウーディスは大袈裟なくらいの身振りで両手を広げてみせた。
「それは兎も角、確かに自分はザルガン出身ですが、残念ながらあなたの師匠ではありません。どころか、あなたには一度も会ったことがありませんので」
「あなたは……、今までどこにいたのですか? あなたのような剣士の噂は聞きませんでした。どこから来たのですか?」
「いずことも知れぬ闇の中より」
「は?」
「自分は、己のことは秘匿としておりますれば」
 と愉快そうな調子で指を一本、鉄仮面の前で立てるのだ。なんだか馬鹿にされているような気がして、腹が立つのを抑えられなかった。



「アル、何をぼうっとしているのですか?」
 目の前にフィーの顔があったので、アロンドは思わず一歩下がった。
 寝台のカーテンが開いており、フィーは着替え終わったようだ。アロンドは過去の出来事から現在へと思考を切り替えた。
「フィー、妙齢の女性なら、男に顔を近づけたりしないように」
 アロンドは己の顔が赤くなっているのを意識して、フィーから顔を背けた。まだまだ幼さは残るものの、フィーは咲きかけの蕾だ。すぐに花になる。フィーは美しい。病のことはあれど、引く手数多だろう。
 そのときになったら、自分はどうするのだろう。

 そうした想いは、すぐに現実のものとして考えねばいけなくなった。
 黒の覇王の玉座の前に呼び出されたアロンドは、彼の言葉を信じられない想いで聞いた。
「フィルメリアとウーディスを婚姻させようと思うのだが、どう思う?」

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