12-071C《魔弾の雨降らし》
「賭けたっていい! オークが群がった防衛塔の下を通るくらいなら、地獄蜂の巣の下を通ったほうがよっぽどマシだぜ!」
~熟練の攻城兵~

《大牙噛み》っ!」
 
《目覚めし黄金覇者 アルマイル》の怒声とともに崖から谷に向かって飛び降りたオルバランの《赤ひげの力自慢》たちは、疾走する馬車と並走していた護衛の兵士たちの頭を次々に叩き割っていた。
 アルマイルが狙ったのは兵ではなく、もっと大物だった。硬い板金に覆われた、巨大な軍用馬車。友との誓いを籠めた黄金覇剣は、刀身よりも巨大な馬車を切り裂いた。

 そしてアルマイルは、両断された馬車の中にふたつの探し物を見つけた。ひとつは憎きメレドゥスの〈黒覇帝〉。そしてもうひとつは。
(ディアーネ………!)
 見慣れた質素な大人しい服装ではなく、高級そうな背中の空いたドレス姿に変わってはいたが、銀髪の女性は見慣れた《夜露の神樹姫 ディアーネ》に間違いなかった。ここに、いた。まさか、〈黒覇帝〉を倒すだけではなく、助けなくてはいけない――兄代わりだった男のために必ず助けなくてはいけない女性と出会えるとは、僥倖だ。
(いや、そうとは言えない………!)
 油断しそうになる己の心を、アルマイルは引き締める。この場でディアーネに出会えたのはむしろ不幸だったかもしれない。そもそもが先のヴェガの《怒れる闘魂投げ》たちによる先制の巨石落としが決まっていたら、〈黒覇帝〉もろともディアーネも岩の下敷きになっていたのだ。

 それ以上に問題なのが、この場の趨勢だ。
 状況は間違いなくシャダス・オルバラン・ヴェガ連合のアルマイルたちにとって有利だ。なにせオルバランの《大牙噛み》作戦によって崖上から吶喊した兵たちにより、〈黒覇帝〉の護衛たちのほとんどは殺されている。数人が破壊された馬車の周囲に集まって武器を構えているが、こちらの数は三倍以上。包囲しているのも相まって、単純な戦いなら間違いなく負けない。
 だがここにディアーネが加わると、彼女が〈黒覇帝〉によって人質に取られてしまう可能性が生まれる。そのときは――いくら有利とはいえ、ここはメレドゥスであり、状況は逼迫している――為せばならないことは理解しているつもりだが、それはしたくはない。
 つまるところ、ディアーネが人質に取られるような状況は避けなければならない。彼女を素早く〈黒覇帝〉から引き離すか、それができなければ、彼女がアルマイルにとっては人質として用をなさないと思わせなければならない。

 だからアルマイルは、ディアーネに声をかけたいのを我慢して〈黒覇帝〉のみを見据えた。
 だが彼が次に取った行動は、戦うために剣を抜くのではなく、傍らの銀髪の美女の手を取って駆け出すというものだった。こちらの出方に関係なく、オルバランの重要人物であったディアーネの価値を認めているということだろう。
 だが彼女が抵抗してさえくれれば、ディアーネをこのまま連れて行くことは不可能になる。〈黒覇帝〉の護衛たちをドワーフの部下に任せて駆け出そうとしたとき、額を強烈な衝撃が襲い、アルマイルは大の字に寝転ぶことになった。

(――狙撃かっ!)

 アルマイルはひりひりする額を押さえて立ち上がった。血が出ている。痛い。痛い――が、それだけだ。致命傷ではない。視界もはっきりしている。銃弾など、所詮はこの程度。
 一般に、戦闘下では銃で人は殺せない。なぜならば銃弾は遠距離から使う道具であり、あまりに軽く、飛距離があり過ぎるからだ。
 精霊力を身に纏えば、精霊力を纏わぬ衝撃は受け止められる。だから鋭い剣撃であったとしても、それが受ける側の纏う精霊力よりも弱い力しか纏っていないのであれば、そこから受けるのは少々重い打撃程度の衝撃でしかない。
 そして投射したり射撃したりする武器は、武具が身体から離れた瞬間から精霊力が失われ始める。近接戦闘で槍やナイフを投げるならばともかく、弓矢や銃の距離では精霊力は減衰しきってしまっている。矢の場合は精霊力を加速に用いてその質量そのもので致命傷を与えられるが、銃弾は加速させるにはあまりに軽すぎて、距離があると威嚇程度にしかならない。
 ゆえに近距離戦ならともかく、狙撃など意に介する必要はない。来ることがわかっていれば、先程のように吹き飛ばされたりはしない。

 衝撃が来た方向から考えれば、狙撃手がいるのは〈黒覇帝〉が逃げる砦の方向だ。ウディスト砦という、メレドゥスとオルバランの国境沿いからややメレドゥス寄りにある砦は特段の要所というわけではない。にも関わらず、なぜ〈黒覇帝〉がこの砦に見聞に来たのかは不明だ。しかも、ディアーネを連れて。
 重要なのは、少なくともふたりの〈五魔将〉を連れて〈黒覇帝〉が情報通りウディスト砦にやってきたということだ。そして、砦には腕の良い狙撃手がいる。アルマイルの目では人が豆粒よりも小さく見えるほどの距離から正確に額を撃ち抜いてきた狙撃手が。
 そしてその狙撃手が単に「腕の良い」程度ではないということは、次なる銃弾を受けてから理解した。
 というのも、次なる銃撃は足に当たったからだ。足を滑らされて倒れそうになったからだ。倒れて地面に叩きつけられるより先に、新たな銃弾がアルマイルの身体を襲ったからだ――前のめりに倒れそうになりながらも、銃撃で後ろに押されるその姿は、傍から見ればさながらお手玉のように見えたに違いない。

 どれだけ素早く、どれだけ高速に射撃を行えばこんなことができるのだろう。
 どこをどう守ればわからないままに最後に額に銃弾を受けて、また大の字に寝転がることになったとき、アルマイルは悟った。《ベル・スタァ》から聞いたとおりの召喚英雄があのウディスト砦にいることを。
「ふへへ」
 アルマイルは寝転がったままで笑った。この程度、この程度か。この程度の召喚英雄ならば、〈山賊女王〉の金色の瞳ほどの脅威は感じない。


 さすがに盾を構えられては相手に当てることは困難になったが、相手にそのような行動を起こさせたことで当面の目的は果たしたといえる。つまりは、〈黒覇帝〉を無事に逃がすこと。
 だがウディスト城の城壁で狙撃支援を行っていた《アニー・オークレー》の隣で観測手をしていた《アン・メイル》から不安そうな呟きが漏れたことで、この目的は達成されていないものだとわかった。
「ゴルディオーザさまが、出てきません………」

 アニーたちのいるウディスト城と〈黒覇帝〉が襲撃を受けた渓谷との間はそう離れてはいない。だが中間には障害が存在する。ひとつは鬱蒼とした森であり、もうひとつは住民のいない廃村だ。本来、襲撃を受けていなければ廃村を経由して〈黒覇帝〉の馬車はウディスト城へと辿り着く予定だった。だが襲撃を受け、馬車を失った彼は視界の悪い森へと逃げた。
「どうして………」
 とアンは呟いたが、アニーには理由が推測できた。つまりは、見通しが良い廃村を経由して逃げても追手に追いつかれてしまうと思ったからだろう。たとえ《アニー・オークレー》の支援を受けていても。
「アン、わたしが敵の相手をしている間も、〈黒覇帝〉はディアーネ嬢を連れていたのですね?」
「そうです………」
 アンが気落ちしているのはわかった。単に〈黒覇帝〉が心配というだけではない。彼女は《夜露の神樹姫 ディアーネ》を厭うているのだ。
 だがこの場で重要なのは、彼女の感情ではない。

「森へ行ってきます。あなたは伝令を――砦の〈黒魔将〉に、谷側だけではなく砦への直接の襲撃をも警戒するように伝えてください。この攻撃が、ヴェガとオルバランによるものだけで終わるものとは思えません」
 召喚英雄〈無料通行券〉の技を持っても、鬱蒼とした森の中までは弾丸を当てることはできない。
 であれば、直接森の中へ突入するしかない。《アニー・オークレー》の決断は、狙撃手としてはまったく見当外れのものだという自覚があった。それでも、現在この砦に残されている戦力の少なさや、追撃してくる敵部隊の脅威を考えれば、自分が行くほかないということも理解していた。
「アン、あなたはわたしの教えられることをすべて叩き込みました。だから……」

 あなたを連れていけば、多少は戦いも楽にはなる。だからあなたにも来てほしい。

 そんな本音を、《アニー・オークレー》は言うことができなかった。限界状況下での〈夜露の神樹姫〉に対する彼女の嫌悪がどのように戦場に影響を与えるかは予想がつかず、もとより彼女に戦い方を教えたのは戦わせるためではなかったからだ。
 確かにアン自身は〈黒覇帝〉を護るために銃の扱いを教えてほしいと乞うてきた。だがアニーが彼女に戦い方を叩き込んだのは、武器も持たず、痩せていて、何かに縋ってしか生きられないような、子どもともいってもよい年齢の女を見捨てておくことなどできなかったというだけだ。
「だから、敵がここまで来たとしても、何も心配はありません。無理はしないように。銃は考えて扱うように」

《アニー・オークレー》が口笛を吹くと、愛馬である白馬が城壁まで駆け上ってきた。鞍を付けられて背中に騎手が飛び乗るや、白馬は城壁からそのまま飛び降りた。



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