■目次

    • 《本因坊秀策》
    • 《メディア》
    • 《直江兼続》
    • 《モーツァルト》
    • 《ネロ》
    • 《セミラミス》




3-084R《本因坊秀策》
日本史(1829~1862)

 古来有名な碁は少くないが、これほど有名な碁もまた少い。秀策の放った耳赤の手がそうさせたのである。そしてそのため、この碁を秀策の傑作と錯覚する人もあるが、後半の秀策の打ち方は別として、前半全く白の思うように打ち廻されたことから見て、これを秀策の傑作という見方には、秀策自身地下で迷惑顔をするにちがいない。
橋本宇太郎, 『幻庵因碩 日本囲碁大系 第11巻』, 筑摩書房, 1975. p231より

 囲碁は碁石を用いて行う対戦ゲームであり、「棊」あるいは「圍碁」などと表記されることもある。
 現在の碁盤は縦横十九路と四隅上下左右天元に星が打たれていることから、十九路九星と呼ばれる。黒が先番、白が後番であり、交互に石を打つ。この基本ルールは国や時代によっていくつかの点で異なり、たとえば古代中国では路を作る罫線数が少ない。
 元は古代中国もしくはインド・チベットで天文や易学のために用いられていた道具であるといわれているが、それが徐々に遊びに用いられたり、戦略や戦術の道具とするようになったといわれている。

 日本に伝わったルートについては諸説あるが、『古事記』や『日本書紀』などで囲碁への言及が見られることから、少なくとも平安時代には伝わったとされる。


『 ソウルチェンジ(兵棋) 』
本因坊秀策が『 ソウルチェンジ(兵棋) 』によって戦場に配置されたとき、対戦相手はユニットを1体犠牲にする。
 弘化三年(1846年)のことである。井上因碩(幻庵)が弱冠18歳の4段棋士と対局する。
 白を打つ幻庵は序盤から終盤にかけて、完全に盤面を有利に進める。既に盤面は完成されており、若棋士にはなんら手出しができないと思われた。
 だが黒を打つ若棋士がある一手を指した瞬間、幻庵の耳が赤くなった。

 当時、傍で立ち会い人を務めていた医者曰く、
「碁のことを知らぬ己にも勝敗は明らかだった。なぜなら若棋士が指した瞬間、幻庵の耳が動揺で赤く染まったからだ。これは若棋士の一手によって、幻庵の意表を突いたからではないか」
という。
 まさしく医者の言う通り、こののちに若棋士は逆転、勝利する。

 明らかに不利な盤面を、たった一手で覆した、後世に「耳赤の一局」として知られるこの一局を指した男こそが《本因坊秀策》(当時、桑原秀策)である。


[W]:あなたの【カテゴリ(兵棋)】のユニットを1体選ぶ。ターンの終わりまでそれのパワーを+500する。
 徳川囲碁史で「碁聖」の尊称で呼ばれる者は唯二であり、ひとりは四世本因坊道策(前聖)、そしてもうひとりが《本因坊秀策》(後聖)である。
 前聖道策が理論的碁法の創始者であり、あらゆる対戦相手をねじ伏せて名人の名を欲しいままにしたのに対し、後聖《本因坊秀策》の段位は名人に届かず七段止まりであった。

 だが《本因坊秀策》は高潔な人格で知られており、また実力に関しても当時最高の打ち手であった。
 特に先番では無敵であり、対局の結果を訊かれた際に勝敗を言わずに「先番でした」と答えるほどであったという。



3-085S《メディア》
ギリシャ神話
しかしメデイアは憎むときも愛するときと同じように激しかった。
B. Evslin 著, 小林稔 訳, 『ギリシア神話物語事典,』原書房, 2005. p261より

 黒い瞳と黒い髪を持つ、金色の羊皮のあるアレスの森の巫女。コルキス王アイエテスの娘であり、叔母のキルケは伝説の島アイアイエに住む魔女である。
 イオルコス王ペリアスから王権を取り戻すため、アルゴ号に乗ってやってきた英雄イアソンに一目惚れをし、イアソンを妨害しようとする父に反して密かに彼への協力を決意する。
 

[W]:あなたのユニットを1体かあなたのヒストリーを1個選ぶ。それの上のカウンターを1個指定する。それの上にそのカウンターを1個置く。
 イアソンは金毛の羊皮をアイエテス王から取り返すのが目的であったが、アイエテス王はその条件として、凶暴な火を吹く二頭の牛を飼い馴らし、竜の歯を蒔くという、尋常ならざる任を下す。
 イアソンに恋をしていた《メディア》は彼を助けるために魔法の膏薬を塗って炎から身を守らせ、襲いかかって来た竜の歯を対処する方法を教えた。
 魔術に通じ、あらゆる物事に対処できた《メディア》の助力によって、イアソンは金毛の羊皮を取り戻すことに成功。《メディア》との結婚の約束をする。

 反抗が発覚した《メディア》は、イアソンともどもアイエテス王に殺されそうになるが、弟を連れて船で遁走した。


[2][黒][黒]、メディア以外のユニットを1体犠牲にする:ユニットを1体選ぶ。それを破壊する。
 《メディア》は目的のためならば、どんな犠牲をも厭わなかった。
 たとえばコルキスのアイエテス王の船に捕まりそうになったとき、《メディア》は弟を八つ裂きにして海に放り投げ、囮として逃げ去った
 また王権譲渡の約束を破ったイオルコス王ペリアスの娘に不完全な若返りの薬を調合し、間接的に娘にペリアスを釜茹でにして殺させた。

 そんな《メディア》のことを徐々に気味悪く思い始め、離れたいと思うようになったイアソンは、隣国コリントの王女グラウケと結婚の約束をする。
 しかしその事実はすぐに《メディア》に発覚。グラウケの肌着に毒を仕込む。やはり《メディア》は殺すことに躊躇せず、苦しませて殺害
 彼女はさらに、自身の産んだ子ふたりをイアソンのまえで殺し、コリントの王宮に火をつけたのち、行方をくらませた。

 茫然自失となったイアソンは故郷のイオルコスに戻り、日々アルゴ号でぼんやりしていたが、ある日船首に取り付けられていた女神像が墜ち、頭を割られて死亡した。




3-111S《直江兼続》
日本史(1560~1619)

 越後国の戦国武将。直江山城守兼続。
 《直江兼続》は、越後の龍こと上杉謙信の後継者である、上杉景勝の一家老である。
 しかし上杉家が百二十万石に対し、《直江兼続》は米沢三十二万石と非常に大きな領地を誇っており、単なる家老ではなく、大大名に相当する力を誇っていた。

 上杉謙信は女性に対して生涯不犯であり、衆道(男性同士の同性愛)にのみ通じ、寵童(少年)のみを愛したと伝えられるが、《直江兼続》は上杉謙信が最も愛した寵童であったといわれている。


あなたのCAヤードに【カテゴリ(蒼眞勢)】のユニットカードが置かれたとき、ユニットを1体選ぶ。それをワイプしてもよい。
直江兼続の効果によってワイプされたユニットは次の対戦相手の回復フェイズに回復しない。
 《直江兼続》は豊臣方として徳川に抗った武将の代表格である。
 だがその姿は関ヶ原の合戦の中に見ることができない。

 それもそのはずで、慶長五年(1600年)九月の関ヶ原(現在の岐阜県)の戦いに先んじて、同年の七月に《直江兼続》は遠く東に離れた下野(現在の栃木県)にて徳川家康の次男である結城秀康と交戦を行っていたからである。
 東から《直江兼続》ら上杉が攻め、西から石田勢が兵を挙げて攻め立てる。
 これこそが《直江兼続》が描いていた徳川挟撃作戦であり、関ヶ原の合戦まで、すべては《直江兼続》の想定通りに進んでいた。

 そもそも関ヶ原の決戦はもともと上杉景勝が東に兵を挙げ、西の石田三成とともに徳川を挟撃するという作戦をとったが、この戦略を打ち出したのは《直江兼続》であった。
 戦国末期の世を東と西に分ける決定的な文書を徳川家康に叩き付けたのも《直江兼続》であり、後世にこれは直江状と呼ばれることになる。
 ゆえに《直江兼続》は、天下分け目の決戦である関ヶ原の戦いを前にして、徳川家康が最も恐れた人間のひとりであると数えられる。

 場所は下野。その戦場は関ヶ原とは隔絶されていながら、《直江兼続》は遠く離れた場所で戦う友の時間を稼ぐために戦いを続けた。
 しかし関ヶ原では、たった一日で石田三成率いる西軍は敗北。既に趨勢は決していた。



3-113R《モーツァルト》
ヨーロッパ史(1756~1791)

 『フィガロの結婚』『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』『レクイエム』などで知られる音楽家。

 ヴォルフガング・《モーツァルト》はレオポルト・モーツァルトとアンナ・マリア・モーツァルトの第七子として生まれる。きょうだいは、姉ナンネルを除き、《モーツァルト》生誕時に既に死亡していた。
 《モーツァルト》は音楽家であった父のもと、熱心な教育を受けて6歳でヴァイオリンを持ち、自作の曲を演奏し始める。彼の才能は世に広く知られ、幼くして当時の皇帝であるフランツ一世とマリア・テレジア女帝に謁見している。

 《モーツァルト》は絶大な才能を持っていたが、病弱でもあった。
 神童として幼い頃から家族とともに様々な場所を旅し、演奏と作曲を続けて来た《モーツァルト》であったが、22歳。マンハイムに逗留していた彼は、オペラ歌手、アロイジア・ウェーバーと恋に落ちる。彼女のために慣れぬイタリア語のオペラを書こうなどといじましい努力をしていた《モーツァルト》だったが、父親に反対され、パリに向かう。
 しかしパリ逗留中に母親が病死。《モーツァルト》は肉親の死と失恋の打撃を受け、それからしばらく失意の海に沈む。


モーツァルトが戦場に配置されたとき、対戦相手のSSをあなたの時代の数だけ選ぶ。それらをワイプする。それらは次の対戦相手の回復フェイズに回復しない。
[CB]対戦相手のワイプ状態のSSを1個選ぶ。それは次の対戦相手の回復フェイズに回復しない。
 《モーツァルト》はフリーメイソンの一員であった。

 元は中世の石工職人組合が古代エジプトに遡る密儀を母胎として誕生したこの集団は、人類の幸福を追求していたといわれている。
 1784年、金勘定が苦手な《モーツァルト》は困窮の中にいた。子どもは生まれるも、僅かな期間で死に、貧困に喘いでいた。1788年頃から借金地獄に陥った《モーツァルト》は、フリーメイソンの盟友であった商人、プフベルグに借金の依頼をしている。

 1791年、《モーツァルト》のもとに奇妙な依頼者が現れる。背が高く、鼠色の服を着た奇妙な人物だった。男はフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵の使いを名乗り、伯爵が亡き妻に捧げる鎮魂歌を所望している旨を告げた。
 当時病に冒されていた《モーツァルト》はこの奇妙な依頼を受け、『レクイエム』を作曲。
 しかしその作曲は未完成のまま、《モーツァルト》は死亡する。
 フリーメイソンの一員であった《モーツァルト》の臨終の際には、立ち合いの司祭もなかなか来てはくれなかった。
 困窮の晩年を過ごした《モーツァルト》は共同墓地に埋められ、その墓には十字架さえ立てられなかった。



PR-024《ネロ》
ヨーロッパ史(37~68)

 西暦はイエス・キリストが産まれたとされる紀元年を境とし、前後で紀元前、紀元後と分けられる。
 イエスが生まれ、そして死んだばかりの時代であれば、当時はキリスト教が普及し始めた時代でもあった。
 イエスの死後も、使徒パウロがローマ属州を周り、イエスの教えを伝道していた。彼はたびたび逮捕されたり拷問されたりしながらも、教えを説くことをやめなかった。
 彼の布教活動がローマに届きかけていた49年、第四代ローマ皇帝クラウディウスはアグリッピーナと四度目の結婚をする。このときアグリッピーナには、ドミティウス・アエノバルブスという連れ子がいた。

 アグリッピーナは皇帝の後妻というポジションに満足せず、息子ドミティウスを皇帝にするために教育と政治家への手回しを熱心に行う。
 ドミティウスは14歳で成人式を挙げ、16歳で結婚。元老院では若くして巧みにギリシャ語とラテン語を操り演説をするなど、才気煥発であることを示す。

 54年、空に彗星が輝いたこの年、第四代ローマ皇帝クラウディウスは更なる権力を求めるアグリッピーナに毒殺される。
 こうしてドミティウス、否、クラウディウスの養子となったときに《ネロ》という名がつけられた男が、わずか17歳にして第五代ローマ帝国皇帝となった


あなたのEPIC以外のすべてのユニットのパワーを+500する。
 《ネロ》は皇帝として完璧な人間とは程遠かった。乱暴かつ粗暴であり、元老院や母親とはしばしば対立した。
 しかし同時に、彼は芸術を愛し、市民と深く関わった出自を差別することなく、アクテという解放奴隷を寵愛した。
 また市民参加の体育競技に元老院を参加させるなど、頓狂な思い付きながら市民と政治家とを深くかかわらせ、見世物を好み、祭りには市民に衣食住を与えた。
 64年に起きた大火災の際には、火は7日燃え続け、ローマの2/3が被害を受けたが、《ネロ》は被災者に対する補償を惜しまなかった。

 彼は情熱的であり、積極的な皇帝であった。税率を下げるために尽力しており、少し贅沢に度が過ぎることに目を瞑れば、善政だったといえるかもしれない。


あなたのメインフェイズ1の開始時に、あなたのユニットを1体選ぶ。それを破壊する。
 《ネロ》は己の障害になる人物に対しては容赦をしなかった。

 もともと《ネロ》は前皇帝の後妻であるアグリッピーナによって擁立された皇帝であり、彼女の傀儡として担ぎ上げられたわけだが、若き《ネロ》の中にはだんだんと反抗心が芽生え始める。
 対立が深まるにしたがって、アグリッピーナは、《ネロ》の4つ年下の義弟であり、前皇帝の血を受け継ぐブリタニクスを擁立。
 しかし《ネロ》は母親が前皇帝を殺害した時と同様、毒を使ってプリタニクスを殺害した。

 また《ネロ》はポッパエアという愛人にそそのかされ、母アグリッピーナを船に乗せ、沈没させて殺害しようとした。
 岸に泳ぎ着いて助かったアグリッピーナであったが、《ネロ》は部下を向かわせ、今度は確実にアグリッピーナを殺害する。

 さらにポッパエアとの結婚のために邪魔になった妻オクタウィアを流刑にしたうえで殺害するなど、弟、母、妻殺しの男に対して、ローマ市民の不信感が徐々に積っていた。

 64年7月のローマの大火の際、《ネロ》は寛大な処置を行い、被災者に対しては十分過ぎるほどの補償を行った。
 しかし不信を高めていた市民は、火災の原因は《ネロ》が宮殿を立てるために土地を欲しがったのだと噂をした。
 噂の矛先を変えるため、《ネロ》は当時の新興宗教であったキリスト教へ矛を向けさせることを思いつく。当時近親相姦や小食らいの噂のあったキリスト教徒は、恰好の標的であった。
 《ネロ》の命令によって、大規模なキリスト教狩りが始まった。イエスの使徒のひとりであるパウロやペテロも殺害された。
 《ネロ》は柱にキリスト教徒を括りつけて火を点け、その燃え上がる火柱を観客とともに鑑賞したといわれている。

 65年。裏切りを画策していた周辺の人間に自決を命じた《ネロ》は、さらに身重の妻であるポッパエアを蹴り殺し、戦争で活躍していた人気の高い軍人コロブロをも自決させる
 既に《ネロ》は取り返しのつかないところまで来ていた。

 ローマ属州ヒスパニアのガルバという73歳の男を中心とした反乱軍が革命を起こし、元老院を味方につけたことで、《ネロ》を助ける者はひとりとしていなくなる。それまで味方であったものを殺してきただけ、当然の孤独であった。
 68年。《ネロ》、自殺。

 《ネロ》は暴君であったが不思議な人気があり、墓前には花が絶えることがなかったといわれている。



PR-018《セミラミス》と5-090R《バビロンの空中庭園》
メソポタミア伝承

 セミラミス(Semiramis)として物語の中に知られている女王がいたのは、おそらくこの王の治世でありましたろう。女王の名の持つ魔力は、東方人の想像力によって、美しいロマンスに結びつけられなかったら、それこそ不思議というべきでしょう。セミラミス。この名前は、物語と歌の宝玉に飾られて、きらきら輝いております。
名著普及会, 『世界神話伝説大系〈5〉バビロニア・アッシリア・パレスチナの神話伝説』, 名著普及会, 1979. p147より


 アッシリアの伝承上の女王。

 魚神デルケトの娘といわれているが、産まれて間もなく母の手から捨てられ、鳩に養われる。
 その後、王の牧人であるシムマスに拾われた、彼のもとで成長する。

 才色兼備の美女として成長した《セミラミス》は、ニネベの街の支配者、オンネスと結婚する。勇敢な将軍でもあった夫に付き従い、《セミラミス》も従軍。バクトリヤ戦役で街を攻めるための作戦を立案。そこでアッシリア王ニヌスに顔を覚えられる。
 美しい《セミラミス》を見初めたニヌス王は、《セミラミス》を献上するように彼女の夫オンネスに命令する。
 オンネスは断固として拒否したものの、最後には首を吊って自殺する
 
 未亡人となった《セミラミス》はニヌス王のもとへ嫁ぎ、寵愛されるようになる。

 ある日、《セミラミス》は王に、「5日間だけ王座に就かせてほしい」と嘆願し、《セミラミス》を寵愛していたニヌス王はこれを快諾。
 与えられた5日間、初日に盛大な宴会を行った《セミラミス》は、その翌日にニヌス王を投獄、処刑する。
 こうして《セミラミス》は名実ともにアッシリアの女王となった。
 《セミラミス》は多くの遠征軍を起こし、そのたびに勝利したが、ただ一度インドを攻めたときのみ、敗北した。彼女はその悲哀によって死に、一匹の鳩と化して空高く舞い上がったのちには鳩の女神となったといわれている。


セミラミスが戦場に配置されたとき、ヒストリーを1個選ぶ。それの上のカウンターを1個指定する。それからそのカウンターを1個取り除く。それが【カード名(バビロンの空中庭園)】ならば、代わりにすべてのそのカウンターを取り除く。
『 準備2 条件(あなたの勢力黒のEPICユニットが対戦相手にダメージを与えたとき) 』
[1][黒][黒][W]、バビロンの空中庭園の上に準備カウンターを4個置く:ユニットを1体選ぶ。それを破壊する。このアビリティはバビロンの空中庭園に準備カウンターが置かれていない場合にのみ使用できる。
 アッシリアの女王となった《セミラミス》は山地を切り開いて道路を敷き、建築物を作り、ユーフラテス河の堤防を工事し、バビロンの街を発展させたといわれている。
 彼女の作ったといわれる建築物のひとつに、世界七不思議のひとつである《バビロンの空中庭園》がある。

 実際には、その《バビロンの空中庭園》は、紀元前5世紀頃にネブカドネザル2世によって建てられたといわれている。
 彼は隣国メディアから来た妻、アミティスを喜ばせるためだけに、彼女の故郷の山河を想わせる人工の階段状の河を作り、珍しい木々や花々を植えた。
 雨はほとんど降ることが無かったが、なぜかその人工の河には不可思議な力によって水が上段に送られ、草花を潤おしたという。



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■引用・参考文献
石田芳夫, 『秀策 日本囲碁大系 第15巻』, 筑摩書房, 1976.
B. Evslin 著, 小林稔 訳, 『ギリシア神話物語事典,』原書房, 2005.
串田孫一, 『ギリシア神話』, 筑摩書房, 1990.
藁科満治, 『浮世絵に映える囲碁文化』, 日本評論社, 2012.
増川宏一, 『遊芸師の誕生 碁打ち・将棋指しの中世史』, 平凡社, 1987.
さかもと未明 著, 小堀馨子 監, 『マンガ ローマ帝国の歴史3 カリグラ、ネロ、ユリウス朝の崩壊』, 講談社, 2007.
橋本宇太郎, 『幻庵因碩 日本囲碁大系 第11巻』, 筑摩書房, 1975.
J. Bottero 著, 松本健 監, 南条郁子 訳, 『バビロニア―われらの文明の始まり』,  「知の再発見」双書, 1996.
ミシェル・パルティ 著, 高野優 訳, 『モーツァルト 神に愛されし者』, 「知の再発見」双書, 1991.
名著普及会, 『世界神話伝説大系〈5〉バビロニア・アッシリア・パレスチナの神話伝説』, 名著普及会, 1979.

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